2007年に北朝鮮核問題を話し合う6者協議の米朝国交正常化分科会が開かれた。北朝鮮外務省で北米局長などを務めた李根氏が北朝鮮代表団を率いていた。席上、李根氏は「米国の敵視政策云々」と大上段に振りかぶった演説を長々と続けた。米国代表団が「あまりに荒唐無稽だ」と憤慨し、「もう何度も聞いた主張だから」と途中で遮ろうとした。しかし、李根氏は顔を真っ赤にし、「後ちょっとだから」「もう少し」と言いながら、用意したペーパーをすべて読み上げたという。米政府関係者は当時、「李根は頭の良い人間だから、自分が恥ずかしい主張をしていることをわかっていた。でも、同席している保衛員が見ている。いい加減な主張をすれば、平壌に報告されて政治的に粛清されるかもしれない。李根は途中でやめるわけにはいかなかったのだろう」と語っていた。
李根氏は人柄の良い外交官だった。別の韓国政府関係者がジュネーブでロングランの交渉をしていた際、「週末は何をしているのか」と尋ねた。李根氏はぽつりと「あんたたちはゴルフに行ったり、ショッピングに行ったりするんだろう。俺はホテルにいるしかないのさ」と語ったという。この韓国政府関係者は当時、「李根は生きづらい自分の国の事情をよく理解していた。本当なら、ゴルフなんて退廃的だと言うこともできたのに、そうしなかったのは、彼なりの精いっぱいの表現だったのだろう」と語っていた。
高英煥氏は男子サッカー準々決勝の北朝鮮代表について「彼らは日本選手ではなく、平壌を見ながらプレーしていた」と語る。試合に負けて、彼らが得るものはないが、少なくとも政治的に糾弾されることはない。もちろん、ラフプレーや挑発行為などしなくても、立派な戦い方があっただろうが、閉鎖国家で得られる情報がほとんどない北朝鮮の選手にとって、「わかりやすい行動」こそ、自分と家族の身を守る近道だと考えたのだろう。
こう言うと、「じゃあ、北朝鮮選手は悪くないのか」と反発する声も出るだろう。もちろん、危険なプレーをした選手たちには責任がある。しかし、選手の責任だけではなく、そんな恥ずかしい行為を強要している金正恩氏と独裁体制にも批判の目を向けることが、こうした問題の再発を防ぐ第一歩になるのではないかと思う。
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