大学の学長に就任した理由
日本生命でのロンドン駐在時代に、忘れられない記憶があると出口さんは語っていました。1992年、日本生命はフィンランド政府に一般財政資金として多くのお金を貸しました 。
「当初、フィンランドがどうしてこんなにたくさんお金を求めてくるのか、わかりませんでした。でも、そのお金で自国通貨のマルカを買い支えていたんです」
フィンランドは、人口500万人ほどの小さな国です。もともと旧ソ連に輸出をして稼ぎ、世界に冠たる福祉国家を築いていました。GDPに占める輸出額は3割から4割に達していました。輸出大国と言われる日本ですら、10数パーセント。フィンランドは輸出に大きく依存していたのです。
「ところが、旧ソ連が崩壊。輸出が減り、国は危機に瀕します。通貨は下落し、金利を数百パーセントに上げ、フィンランドは必死に通貨暴落から逃れようとしていました。そのために、資金が必要だったんです」
日本生命は100億円のロットで貸していました。それは、国が生きるか死ぬかの貴重なお金だったことを、出口さんはしばらくしてから知るのです。
「お金を貸すことは原始的な形態ですが、それが一国の行く末を左右するほどのインパクトを持っていたということです」
その後、フィンランドは、わずか10年ほどで高い競争力を持つ国に返り咲きます。世界経済フォーラムによる国際経済競争力ランキングでも第1位を取るほどになるのです。
「いまも覚えているのは、その危機の最中に行われた総選挙で選ばれた首相が、36歳の若さだったということです。それまで国をリードしてきた長老たちが、新しい時代には、新しい発想で若い人に任せてみようと考えたのだと思います」
フィンランドは、まさに若い力で国を蘇らせたのです。
企業の競争力は株価に現れる、というのは教科書にも書いてあることですが、もし日本の金融機関の株価が高くないのであれば、それは、もっともっと変わらなければいけないことを意味しているのです。では、誰がそれを担うのかというと、これから会社に入る若い人たちです。
「若い人には、大きなチャンスなんです。ただし、だからこそ言っておかないといけないことがあります。世界に出れば、政治のリーダーもビジネスリーダーも、当たり前のように博士号や修士号を持っている。会社に入る前にすでに相当勉強しているということです」
世界で彼らと伍していくためには、日本人は相当な覚悟で勉強しなければならない。だからこそ、出口さんはライフネット生命を離れて、2018年に立命館アジア太平洋大学学長に就任したのかもしれません。
「日本はこのアジアをリードする経済力を持った国ですから、未来は明るい。でも、それは可能性に過ぎません。可能性を現実のものにできるかどうかは、自分たち次第です」
アジアをリードし、世界に認められる国をつくれるかどうか。そして、そのためにも、勉強をしなければならないのです。
これまで多くの経営者に取材してきましたが、その業界や会社に入ったのが「実は偶然」と語っていた人は、少なくありませんでした。むしろあらかじめ強い思い込みがなかったからこそ、素直に業界や会社の価値を認められたのかもしれません。
こういう仕事との出会い方も、実はあるのです。出口さんも、そんな1人だったのだと思います。
連載:上阪徹の名言百出
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