経済・社会

2023.08.18 07:00

麻生太郎氏「戦う覚悟」発言、語る場所を間違えていないか

麻生氏の主張に全く正当性がないとは言わないが、いきなり論理を飛躍させている点で、国内の議論をないがしろにしているという批判を受けるべきだろう。松村氏も「日本国内には、軍事力(自衛隊)の使い方についての共通認識が形成されていません。南西諸島など日本の領土を守ることに異論はなくとも、まずはそれに専念すべきだという意見から、米国と共に台湾のために戦うべきだという意見まであります。麻生氏の発言の背景には、米中軍事バランスの逆転を巡る危機感があるのかもしれませんが、政府・与党内ですら意見集約のための議論がなされている気配はなく、むしろ国民に対する論点提示を避けているようにすら感じます」と語る。

松村氏によれば、この基本方針をどうするかによって、南西諸島の守り方も変わってくる。「南西諸島の守りを最優先にするなら、第一に島民の命を守るための防御やミサイル防衛などの態勢を実現し、そのうえで、地対艦ミサイルなどの配備を行うべきでしょう。今後、ミサイルを長射程化して中国本土への反撃能力を持たせるならなおさらです」という。日本はかつて陸上イージスの候補地として、東西2カ所で日本全体をカバーするとし、秋田市の新屋演習場と山口県萩市の陸自むつみ演習場を選んだ。南西諸島の守備に重点を置いたミサイル防衛の発想ではなかった。松野博一官房長官は7月、南西諸島を視察し、住民避難やシェルター整備を検討していく考えを示したが、ミサイルの配備に比べて出足が遅いと言わざるを得ない。結局、「日本防衛」よりも「同盟国や同四国・地域との共同防衛」に基づいた既成事実を積み重ねている結果になっている。

この方針は「日米同盟の一体化」を強め、中国に対する抑止力を強化することは間違いない。ただ、中国も「台湾(あるいは米国)と戦うということは、日本と戦うことを意味する」と覚悟することになる。一度でも抑止が敗れた場合、日本は半ば自動的に参戦することになるだろう。ウクライナでのポーランドやバルト3国のように「武器を支援するが、自分は戦わない」という方法は採れない。

松村氏は「あるいは、麻生氏は強いメッセージを発信すれば、中国を抑止できると考えていたのかもしれません。しかし、日本に対する侵略を抑止することと、日米台が一体となって台湾への侵略を抑止することは別の話であり、どちらを重視するかによって、実際に台湾有事となった場合の南西諸島住民への影響はまったく変わってきます」と語る。東アジアでの米中の軍事バランスは逆転しつつある。米軍はすでに、中国に航空・海上優勢を握られた状態での戦闘を覚悟し、海兵隊など各軍の変革を急いでる。麻生氏が本当に「言葉で中国を抑止できる」と思っていたのなら、それはある意味、長らく戦争を経験してこなかった「平和ぼけ」の一つの派生発言だとも言えるだろう。

プロイセンの軍人、クラウゼヴィッツも「戦争論」で、戦争の背後には、政府と軍と国民の行動があるとする「戦争の三位一体」論を唱えた。今からでも遅くない。いやむしろ、今のうちに議論しておかなくては、危機が迫ってから国論が分裂することになる。麻生氏はこの機会を利用し、政府・与党に国内で議論を徹底的に行うよう促し、国民の団結実現に向けて努力すべきだ。

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文=牧野愛博

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