だが、私たちはまだ物語の教訓を見失っている。この騒動は何のためだったのか。プーチンは、ワグネルの戦闘員を引き抜き、合法的に正規軍に編入したかったのかもしれない。そうすれば、全国規模での民間人徴兵の必要性を先送りにできる。
では、今回の一件がすべて正真正銘の反乱だったとしたら、その狙いは何だったのだろうか。プリゴジンがこれを2カ月前から計画していたのだとすれば、単身ベラルーシに移住して終わるつもりはなかったに違いない。
プリゴジンは単にワグネル戦闘員の一部をアフリカのどこかの国へ移し、そこで英小説家ジョゼフ・コンラッドの代表作『闇の奥』に登場する「クルツ氏」のように強大な暴君として君臨したかっただけなのか。ならば、なぜワグネルを離れるのか。それに、ベラルーシで安穏な暮らしができるとは本人も思っていまい。ロシア連邦保安庁(FSB)が殺害を試みなかったとしても、ウクライナの暗殺部隊が送り込まれてくる。
プリゴジンが今後、沈黙を守らなければ、その命は長くないだろう。クレムリンの機嫌を損ねてばかりいるプリゴジンが公然と暴言を吐き続けるのを、ルカシェンコが擁護する余地はない。
一方、かつてウクライナ東部で親ロシア派が設立を宣言した「ドネツク人民共和国」の「国防相」だったロシア人元将校、イーゴリ・ストレルコフ(本名イーゴリ・ギルキン)の例がヒントになるかもしれない。ストレルコフはクリミアとドンバスのロシア併合で主導的な役割を果たした後、プーチンに反旗を翻して地下に潜り、現在はテレグラムのチャンネルでプーチン批判を展開している。
「プリゴジンの乱」が単なる反乱で、短期的な計画はあっても長期的なビジョンに欠けていたのだとすれば、彼は純粋に周囲の無能ぶりと恐ろしさに疲れて嫌気がさし、とにかく足を洗いたいと思ったのかもしれない。それが意図したよりもはるかに大きな事態に発展してしまった可能性もある。たぶんプリゴジンにとってはベラルーシに隠遁し、酒をしこたま飲んで暗殺者の手にかかる前に死ぬのが幸せなのだろう。
(forbes.com 原文)