今回は、ジンズの未来を担う取締役副社長の田中亮と、台湾JINS総経理(社長)の邱 明琪(キュウ・メイキ)を迎え、JINSの海外アプローチにフォーカスを当てる。
JINSは2023年5月末時点で、中国、アメリカ、台湾、香港、フィリピンで計247店舗を展開している。
なかでも54店舗を擁する台湾JINSは、「JINSを家族や知人に勧めるかどうか?」等の顧客ロイヤリティを測るスコア(CSNPS)で90%を超える高い数値を記録し、日系アイウエア企業として台湾国内で圧倒的な人気を得ている。日本人に馴染み深い国ながら、習慣や趣向が異なる海外での挑戦は容易なものではない。黒字化を達成した確固たる「成功事例」の裏側や今後のグローバル戦略に迫った。
「ただのメガネ屋ではない」という自負と実績
「人々の人生を拡大し豊かにする」という意味の「Magnify Life(マグニファイ ライフ)」というブランドビジョンのもと、JINSは「私たちはただのメガネ屋ではない」という自負と製造小売(SPA)のビジネスモデルでメガネ業界に絶えず驚きを生み出してきた。その代表として第一に挙げられるのが、高価だったメガネを市場最低・最適価格で提供し、業界初となるレンズの追加料金0円を実現した「オールインワンプライス」だろう。その後、「メガネは窮屈で重い」という従来のイメージを覆し、哺乳瓶などに使われる非常に軽量な「TR-90」というナイロン樹脂を採用した「Airframe」を開発。
そして、パソコンやスマートフォンなどのLEDディスプレイから発せられるブルーライトをカットするレンズもJINSの代表的な商品になっている。これは視力に問題を抱える人以外にも「メガネをかける体験」をもたらした。
近年では世界初のメガネ型ウェアラブル「JINS MEME(ジンズ ミーム)」を開発。「自分自身を見る」という発想で生まれたヘルスケアをサポートするデバイスで、メガネに取り付けたセンサーで姿勢の良し悪しや集中力や安定度など、心身の状態をアプリでリアルタイムに測定できる。
ほかにも近視の進行を抑える可能性があるという研究結果が出ている光「バイオレットライト」を取り込むレンズの開発など、事例を並べるだけでもJINSが「見る」という行為を柔軟に解釈し挑戦し続けるダイナミックな姿勢が窺える。
「私たちはただのメガネ屋ではありません。『どうすれば見ることを通じてより多くの人の人生をより良くできるか』を主軸に様々な挑戦をしています。それが『Magnify Life』の目指すところです。『近視をなくしたら商品やサービスが提供できなくなる』などと怯むことはありません」(田中)
ジンズホールディングス取締役副社長の田中亮
「より多くの人の人生をより良くする」ためにも、プロダクトを海外に届けるグローバル展開は必然だった。メガネは国や地域ごとに販売方法や保険適用制度などが異なり、人種による骨格の違いなどのハードルがあるが、JINSは現在アメリカのほかアジア地域に展開し大きな手応えをつかんでいる。
「アジアは骨格も日本人に近いですし、近年急成長を遂げている国や地域が多く、近視の方が増えている現状があります。困っている方々にメガネを届けるべく、現在は中国・香港・台湾・フィリピンに展開しています。中国の店舗数は173ですが、これだけ多くの店舗数を出すことができ黒字化にも成功できている日本のブランドは少ない。また、邱がいる台湾ではJINSの認知度も高く、大きな手応えを感じています」(田中)
顧客満足へのこだわりが生んだ、台湾展開の成功
台湾JINS支社長を務める邱は、2015年からJINS台湾の立ち上げを牽引してきた人物。日系アイウエアの競合他社に1年半遅れての台湾進出だったが、2年目にして認知度を追い抜いた実績を持つ。その手腕はJINSのグローバル展開の大きな推進力となっている。「JINS台湾立ち上げ時に注力したのは接客です。メガネ販売に測定やフィッティングは欠かせませんから、接客スキルは非常に重要。接客力を上げるべく最初の店舗スタッフは全員日本で研修を行いました。JINSが日本で築いてきた高い接客力を身に付け、これがJINS台湾の立ち上げ時の原動力となりました」(邱)
店舗展開では最初に3店舗を同時オープンし、日本で接客力をつけたスタッフが台湾での接客を確立。4店舗目以降は最初の3店舗にいたスタッフを店長に任命するローテーションを作り、高い接客スキルを確実に伝えながら1カ月に1店舗というハイペースで店舗を増やしていくという流れを作った。これが台湾進出初期において大きな成功につながった。
さらに店舗の特色に合わせた新商品を用意して毎月のように発表会やイベントを企画していった。
「広告業界の方にも『1カ月ごとに発表会を行う企業はかなり珍しい』と言われました。台湾の人びとは新しいもの好きですが、飽きるのも早い。ですから常に新しいものを提案し存在感をアピールし続けなくてはいけない。結果、最初はほぼゼロだった認知度を大幅に向上させることができました」(邱)
台湾JINS総経理(社長)の邱 明琪
接客だけでなく商品開発、店舗作りやプロモーションなど様々な戦略を打ち立ててきたが、共通するのは「消費者は何を求めているか?」という徹底したニーズの調査に基づいていることだ。
同じアジアとはいえ、顧客の好みは日本とは異なる。日本では大人気のモデルが台湾では全く売れないという苦い経験もあった。まず顧客が何を求めているか、どのような商品や接客が喜ばれるかを毎週・毎月欠かさず店舗同士で共有し、試すべきことは全て試す。
「素材やフレームの細さに至るまでニーズを日々研究し、確実に顧客満足度を上げていく。これこそ現在も安定した売上を確保できている要因だと思います」と邱は話す。こうした努力の積み重ねは、大きな結果を残している。台湾では毎年ミステリーショッパー(覆面調査員)が接客を評価・調査する「台湾サービス業大賞」というアワードが開催されている。通常はローカル企業が金賞を獲得するが、2018年台湾JINSが“外資系”ブランドとして初めて金賞を受賞。以降も金賞を獲得し続けている。
こうして台湾進出の土台ができた。現在、邱は大まかな方針だけ定め、『どうやってスキルを向上させるか』は現場に全て委ねている。
たとえば「金賞を獲得しても、どうしても店舗ごとの接客にバラつきが出てしまう」という課題に対して、全店舗の接客クオリティをさらに上げる施策を店長たちから募集した。
現場から上がった様々なアイデアから2023年1月より実施しているのが「接客特派員」制度だ。エリアごとに最も接客が優良なスタッフをコンテストで選び、エリアの「接客特派員」に任命する。「接客特派員」はA店舗3日間、B店舗に3日間と1ヶ月かけて各店舗に赴き接客。現場のスタッフに良い刺激と学びを与えている。
もうひとつ最近大きな成果を上げたプロジェクトは、2022年1月から始めたメガネリサイクルプロジェクト『廢鏡新思』(フェー、ジン、シン、スー)。「古いメガネをリサイクルしてアート制作に参加しよう」というメッセージと共に、不要になったメガネを回収する「リサイクルボックス」を店舗に設置。メガネ1本につき300台湾元(約1,200円)の割引券を贈呈した。エコ活動にも縁深い台湾の芸術作家・李翊楷(リー・イーカイ)氏を招き、完成したのは「1万6000本のメガネを使ったゴジラ」だ。
「ゴジラという環境破壊から生まれた設定の怪獣をモチーフにした点もSDGsのメッセージとして効果的でした。さらに驚くべきはメガネ回収時に贈呈していた割引券を約90%以上回収できた実績です。通常は割引券をお配りしても5%程度しか回収されないため、桁違いの効果でした。」(邱)
邱はJINSの台湾進出を「いかに企業精神やDNAをブレさせずにローカライズさせるかが非常に重要でした」と振り返り、田中は「台湾においても『JINSはただのメガネ屋ではない』と伝わったと感じます。これもJINSの精神と台湾の人びとを深く理解している邱がいてこそ」と語る。各国現地の人材に裁量を与え、巻き込んでゆく姿勢がローカライズの成功に大きく貢献したのだろう。
不要になったメガネを回収するプロジェクトで作成した1万6000本のメガネを使ったゴジラ
アイウエアはいまこそ「大きな変革期」
邱は台湾JINSの手応えを受け「今後も世界各国にJINSを提供していきたいです」と意欲を語る。「私はメディア業界出身。JINSでは小売の知識が全くないところからのスタートでした。だからこそ今までのメガネ業界とは異なる角度からプロモーションを実施できましたし、同時にJINSが私に大きく裁量を与えて提案を柔軟に受け入れてくれたから達成できたとも感じます。お話した通りJINSは『メガネ屋さん』の定義に収まりません。メガネ業界では珍しくR&D(研究開発)の部署が社内にあり、様々な商品も開発しています。メガネ業界だけでなく小売業界としても珍しい企業だと感じますし、このチャレンジ精神は従業員と顧客どちらにも魅力的なはずです」
田中は「その上で、まだまだ成長する余地はある」と言葉を続ける。
「メガネは『オールインワンプライス』以降、20年近く購買体験が変わっていません。JINSも変化できていない部分がまだまだあります。いまや新幹線と在来線の乗り換えもスマホひとつ、飲食店のオーダーから受取までスマホだけで行え、何より使いやすく日常に不可欠なものになりつつあります。私はこうした体験がメガネでもできるはずだと確信しています。
ただ食品や衣服等とは異なり、メガネは『顔につけるもの』でもあり、医療機器でもありますので、検眼やフィッティングの必要性が高く、デジタルとの親和性があまり高くないかもしれません。それでも、いま変わらなければ生き残れないと多くの社員が危機感を感じています。プレッシャーは大きいですが、逆に自分の思いを企業に反映させるチャンスでもあります」
邱は田中の言葉に頷きつつ、この変革期にJINSに携わる意義を明かしてくれた。
「私は入社時に交わした田中仁代表取締役CEOとの話が今でも印象に残っています。私が『台湾で何をしたいのですか?』と尋ねたところ田中は『JINSの商品やサービスを台湾の方々に提供したい。やり方はご自由にお任せします』と。
やり方は自由という言葉を聞いて『この会社なら面白いことができそう』と強く惹かれました。副社長(田中)の言う通り、現在『JINSは変化すべきときだ』という危機感を抱えています。ですが個人的にはとてもワクワクします。なぜなら、このタイミングだからこそいろんなことが“変えられる”んですよ。自分がやりたいことも実現できるのです!」
「危機感」という言葉の厳しさとは裏腹に、二人の表情に不安は見られない。
今後も「より多くの人の人生をより良くする」ためにグローバル展開を拡大するというJINS。
「メガネ」を通じてJINSが描くアイウエアの未来を日本だけでなく世界中の人に届けたい――JINSの価値を多くの人に届けるネットワークは、柔軟で緻密なグローバル戦略の下、着実に世界に広がりつつある。
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田中亮◎株式会社ジンズホールディングス取締役副社長。1985年群馬県生まれ。2008年慶應義塾大学経済学部卒業。みずほ銀行を経て、2011年3月ジンズホールディングスの完全子会社株式会社フィールグッドに入社。翌年事業部長に就任し、2016年、組織改革により黒字化する。2017年4月、株式会社ジンズ(現株式会社ジンズホールディングス)入社。経営ブランド戦略本部長を経て、2020年12月執行役員に、2021年11月取締役に就任し、商品改革と顧客体験改革に着手。2022年12月取締役副社長に就任(現任)。
邱明琪◎株式会社ジンズホールディングス常務執行役員。国立台灣大学卒業後、早稲田大学にて修士号取得。日本を始め各国への出張や駐在などグローバルでキャリアを積み、JINSでは効率的なプロジェクト管理思考を持ってチームをリード。競争が激しい眼鏡市場でJINS台湾の成功の道を切り開いた。2015年にJINS Taiwan初代副社長(副総経理)、2018年にJINS Taiwan社長(総経理)就任。2020年に株式会社ジンズホールディングス執行役員昇格、2021年JINSの日本マーケティングコミュニケーション本部の責任者を兼任。2022年株式会社ジンズホールディングスの常務執行役員就任。現在は台湾事業推進および海外新規事業展開を主導。