なかでも、ひそかに会場内で注目されたのが「モンゴルヒップホップPVコーナー」という一画である。そこは、モンゴル人気ラッパーによる14本のミュージックビデオがエンドレスで流される暗室のスペースだった。
モンゴル語はラップ向き
コーナーの入口には、以下のように書かれてあった。<ヒップホップがざわめく街、ウランバートル
首都ウランバートルで人気ラッパーたちがライブを行うものなら、1万人以上のスタジアムをうめつくす。人口330万人の国なのに、ヒップホップの曲が、YouTube動画再生回数で100万回を超えることもめずらしくない。なかには再生1000万回超えの曲もある。
それには理由がある。そもそもモンゴル語は子音が多いラップ向きの言語だといえる。さらに複雑な韻踏みをする口承文芸の伝統があった。
ただしヒップホップ・カルチャーがざわめくには、文化背景だけでなく、貧富の差などの社会問題が前景化していることも意味している。モンゴルのラッパーたちは、鋭い批判精神で貧富の格差や政治の腐敗をえぐり出す。彼らのさけび声に耳をかたむけてみよう>
また、流されている最初のビデオは「トーノト~天窓の下で暮らす者たち」(2018年)という作品で、館内に置かれていた解説には次のようにあった。
<モンゴル、中国内モンゴル、ロシア・ブリヤート共和国に分断された『モンゴル人』のラッパーたちが集まって歌った、壮大なエスノラップ曲。
『トーノト(Toonot)』とは、『ゲルの天窓(トーノ)の下で暮らす者たち』という意味。つまり、国境を隔てても遊牧民だったことを忘れずにいよう。
雄大なゴビ砂漠のパノラマを背景に民族衣装を着た女性のオルティンドー(モンゴルの伝統的歌唱法で歌われる民謡)で始まる。
そしてラップのパートへ。一番手のラッパー、ミトゥーネは『荒ぶるモンゴル人の子の胸に音の調べと詩を送ってきたのさ。主なる大ハーン、チンギスの詔と共に、聖なる雪山に捧げものと共に、誇り高き凄ざましい歴史を後世の俺たちに残してくれたんだ』と叫ぶ>
この解説は、今回のモンゴル展を企画した島村一平国立民族学博物館教授によるもので、著書の「ヒップホップ・モンゴリア―韻がつむぐ人類学」(青土社刊)でも、この曲は紹介されている。