昨年4月初旬の曇った朝、地中海に浮かぶマヨルカ島パルマのマリーナに停泊していた全長約78メートルの豪華ヨット「タンゴ」号に、米連邦捜査局(FBI)とスペイン治安警察の捜査官が乗り込んだ。これはアルミニウムで財を成したロシア人大富豪ビクトル・ベクセリベルクのヨットで、昨年1月下旬にトルコから到着後、2カ月間港に停泊していたものだ。
警察の強制捜索から数時間後、メリック・ガーランド米司法長官はテレビ中継で、9000万ドル(約120億円)の豪華ヨットを米司法省の要請により差し押さえたと発表。「今後、犯罪収益として本船の没収を求めていく」と説明した。
ロシアの新興財閥オリガルヒが所有する豪華ヨットに関するフォーブスの報道を引用した差し押さえ令状によると、ベクセリベルクはタンゴ号の所有権を隠すために架空の会社を利用しながら、同船舶の修繕費用を米国の銀行を通して支払い、2018年に自身に科せられた制裁を逃れていた。
これは、欧米の当局が初めてロシア人オリガルヒの資産を差し押さえた画期的な出来事となった。これについて、独コメルツ銀行で国際制裁基準担当の責任者を務めた制裁弁護士ビクトル・ウィンクラーは「歴史的な出来事だった」と振り返る。「(ベクセリベルクは)すでに2018年に制裁を受けていたため、本人にとっては制裁逃れといった、何かをするのに十分な時間があり、当局にとっては捜査するのに十分な時間がある数少ない人物の1人だった」
昨年2月24日にロシア軍がウクライナに侵攻すると、欧米諸国はロシア人オリガルヒ数十人に制裁を科した。フィジーからフランスに至るまで、欧米当局はヨットや航空機を差し押さえ、不動産の凍結を命じ、制裁対象となったロシア人オリガルヒによる所有財産への訪問や売却、維持費の支払いを禁じた。