そもそも、歴史上のできごとと結びついた観光の例は数え切れないほどある。ペルーの首都リマのサン・フランシスコ教会・修道院の地下にあるカタコンベや、ロンドンの切り裂きジャックツアーなどがそうだ。
大規模な環境破壊が起こった場所への旅行などがしばしばニュースの見出しを飾るが、死の観光とも呼ばれる「ダークツーリズム」という観光形態は、けっして目新しいものではない。グラスゴー・カレドニアン大学で観光学を教えるJ・ジョン・レノン教授が「ダークツーリズム」という言葉を考案したのは1996年のことだが、彼によれば、そのルーツは16世紀ロンドンの公開処刑にまで遡ることができる。1815年のワーテルローの戦いを、馬車から見物した人々もいたという。
一方で、世界の観光客が目的地に挙げる建物の中には、過去の大きな悲劇を契機に建設されたにもかかわらず、人々がその事実に気付いていないものも少なくない。
地中海沿岸にあるフランス、マルセイユの街では、19世紀初頭にコレラが猛威を振るった。都市当局は10年の歳月を費やし、水道橋とトンネルを建設して、住民へ清潔な水を供給した。その一つが、堂々たるロックファヴール水道橋だ。マルセイユの中心部には、城のようなパレ・ロンシャンもある。これは、水路の完成を祝って1869年に完成した記念建造物だが、今日では街を訪れる観光客が真っ先に訪れる観光スポットとなっている。
オーストリア、ウィーンのペスト記念柱は、1679年に発生した腺ペストの大流行で亡くなった1万2000人の人々を悼んで建設された。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックで再び祈りの場となり、人々は愛する人を想って、記念柱の足元でキャンドルを灯した。