日本のみならず、世界最古の木造建築として知られる法隆寺。静けさの中にたたずむ建築群は、訪れるものに1400年という時の重みを感じさせてくれます。本書には、その法隆寺の大修理を果たした棟梁であり、最後の宮大工とも言われた西岡氏の木とともに生き、磨いた技術や心構えを「話し言葉」そのままにまとめられています。
「『棟梁は、木のクセを見抜いて、それを適材適所に使う』ことやね。木というのはまっすぐ立っているようで、それぞれクセがありますのや。自然の中で動けないですから、生きのびていくためには、それなりに土地や風向き、日当たり、まわりの状況に応じて、自分を合わせていかなならんでしょ。…木のクセをうまく組むためには人の心を組まなあきません。…職人が50人おったら50人が、わたしと同じ気持ちになってもらわんと建物はできせん──」
まず、序盤に書かれたこの言葉にハッとしました。なぜなら、西岡氏の放つ言葉一つひとつが、建築を通じてその先にある組織や社会をどうつくっていくのか、文化をどう紡いでいくのかといった、さらに大きく、さらに長い話につながっていると感じられたからです。
当時、リクルートで人事企画や採用、人材開発を担当していた私は、本書を読んだことで、目の前の候補者や社員が「何を成し遂げてきたのか」だけでなく、どのような「土壌」で、どのような「厳しさ」と向き合ってきたのか。彼らの生き方の「根っこ」に何があり、「クセ」は何か。これらを知ることこそが、再現性の高い、強い組織をつくるための条件だと考えるようになっていました。
本書を薦めてくれた上司はきっと、私を理解したうえで、直に「組織づくりはこうだ」と教えるよりも違う角度から刺激を与え、自ら気づかせたほうがいいと考えて本を渡してくれたのでしょう。
以前、日本の伝統芸術である華道も、四季折々の草花の特徴を見抜き、それらをどういかすかを考えながら生けていくと聞きました。その一方で、西洋のフラワーアレンジメントは特徴、いわば「クセ」をすべて切り落とし、長さも形もきれいに整えて束にするということも。
日本企業の強さは「組織力」だと言われてきました。それは、木造建築や華道などの伝統が示すように、日本には「個」の強さを活かしながら意外感ある組織を作るという知恵があり、古来「多様性」を受け入れる文化が備わっていたからではないでしょうか。
どうぞ、自分のクセを研ぎ澄ませてください。自然と向いてしまう方向があり、言われなくてもやってしまうことがあるでしょう。それこそが、あなた自身の強さなのですから。
title / 木に学べ ─法隆寺・薬師寺の美─
author / 西岡常一
data / 小学館文庫 607円/288ページ
はっとり・ゆか◎京都大学法学部を2004年に卒業後、リクルートに入社。人事部にて西日本採用責任者、その後、事業開発室では複数のプロジェクト責任者を担当した。11年にインクルージョン・ジャパンを設立。スタートアップ、大手企業双方へのイノベーション支援に尽力。
西岡常一◎1908年生まれ。代々続く宮大工の西岡家は法隆寺に深くかかわり、常一は最後の宮大工といわれ、棟梁として法隆寺の大修理を果たした。槍鉋の復活をはじめ飛鳥時代からの建築技術を伝承し、後世へつないだことでも高く評価されている。95年死去。