バフムトは交通の要衝にあり、ドネツク州のセベロドネツクやリシチャンシクの防衛に欠かせない場所だという評価もある。ただ、昨年5月にロシア軍の攻撃が始まる前の人口は7万人程度だった。ニューヨークタイムスは「バフムトの軍事戦略的重要性はそれほど大きくない」とする軍事専門家の分析を紹介している。陸上自衛隊東北方面総監を務めた松村五郎元陸将も「本来なら、現地の作戦部隊指揮官が戦闘の継続について判断できる場所です。例えば、包囲されて全滅しそうだということであれば、現地司令官の権限で撤退を判断してもおかしくないと思います」と語る。同時に松村氏は、ゼレンスキー氏が直々に判断を下した背景に、8カ月以上にわたる戦闘でバフムトの戦略的価値が急速に高まった事情があると指摘する。
ロシア軍はバフムトで苦戦を続けた。ウクライナ軍がバフムト市内に強固な塹壕を作っていたほか、北大西洋条約機構(NATO)諸国から近代兵器などの支援を継続して受けていたからだ。苦戦したロシア軍は昨秋には民間軍事会社「ワグネル」の傭兵をバフムトでの戦いに投入した。傭兵には十分な兵器が供給されず、ロシア軍による支援攻撃も不十分だとされ、大量の死者を出した。ワグネルの創設者、ブリコジン氏はロシア軍からの弾薬供給などが不十分だとして、繰り返し、不満を表明。CNNによれば、ブリコジン氏は最近も、バフムトでショイグ国防相の姿を見ていないとして、間接的に不満を漏らした。松村氏は「バフムトの戦いで、ウクライナが頑張れば頑張るほど、ロシア正規軍とワグネルの関係が険悪になります。バフムトで戦闘を続け、ロシア側に成果を与えないことが、ロシアの内部分裂につながるという戦略的な判断から、ゼレンスキー大統領の判断を仰いだのでしょう」と語る。
また、松村氏はSNSやインターネットの発達で、こうした「政治による軍事への介入」が必要かつ可能になった状況にも注目すべきだとする。「昔であれば、中央の政治判断と現地の軍事判断にどうしてもタイムラグがあったので、予めそれぞれの権限を明確にしておく必要がありました。ラグがなくなった半面、政治家は瞬時に的確な判断が求められるわけです」