コロナ禍で打撃を受けたものの、ポスト・コロナの世界で観光業が果たせることは多い。柔道の元五輪代表選手だったイスラエルの観光大臣が考える観光の特異な性質とは。
「イスラエルは観光資源に恵まれています。日本の皆さんにも、ぜひ一度訪れていただきたいのです」
来日した同国の観光省のヨエル・ラズボゾフ大臣はそう熱っぽく訴えた。
熱意には訳がある。観光業界は世界最大級の経済セクターであり、2019年には国際貿易全体の7%を占めている。だが20年3月に新型コロナウイルスのパンデミックが生じるや、観光業界は停止を余儀なくされた。国連世界観光機関(UNWTO)の調べでは、世界の国際観光客到着数の成長率は19年比で71%も減少したのだ。
イスラエルにとっても由々しき事態である。経済協力開発機構(OECD)によると、同国の18年の国際観光収入は推定58億ドルに上り、総輸出の5%を占める。インバウンド需要の観点からも海外観光客の回復は観光省にとって最重要課題である。
イスラエルは、世界最古の都市の一つでもあるエルサレムをはじめ、新約聖書によるイエス生誕の地ベツレヘム、塩分濃度33%を誇る塩水湖の死海など、数々の観光スポットを抱えている。近年は良質のワインと、ディアスポラが持ち寄った豊かな食文化にも注目が集まっている。
だが、歴史的経緯による周辺国との緊張関係への不安や、乗り継ぎが不便な点もあって日本からの観光客は多いとはいえない。それが近年、アラブ首長国連邦(UAE)やバーレーンと相次いで国交を正常化。スタートアップ立国のイメージを追い風に訪れる人が年々増加している。
インバウンド需要があらゆる国にとって重要である点は論をまたないが、イスラエルという国を通して見ると、観光業の別の役割と、利点が見えてくる。1つ目は国の安全保障政策を支える点である。百聞は一見にしかずで、観光ほど人の視野を広げ、既成概念を覆すものはない。
2つ目は直観に反するかもしれないが、「地元支援」だ。例えば、交通インフラの整備は地元住民も恩恵を被る。同国の観光省は、交通系スタートアップを補助金で支援する、あるいは出資することでイスラエル経済に対して側面支援をしている。
柔道の元五輪代表選手から議員に転じたラズボゾフ大臣。他の重要な省庁も選べたのに、観光省を希望したという。観光には、国内外に光を当てられる特異な性質があるのだ。
ヨエル・ラズボゾフ◎イスラエル国観光大臣。同国の一院制議会クネセトの議員を経て2021年より現職。政治家に転身する前は柔道家として世界の舞台で活躍。04年のアテネオリンピックに、柔道のイスラエル代表選手として出場した経験をもつ。