知識と実行の間には大きな溝がある。バフェットはその溝を何なく飛び越え、豊富な知識から学んだ原理原則を忠実に実行に移した稀有な人物である。
若くしてベンジャミン・グレアムの著書『賢明なる投資家』に出合ったバフェットは、それをバイブルのように大切にし、グレアムが教鞭をとるコロンビア大学大学院に進む。そしてグレアムの原理原則を学び、同時に自分自身の理論も磨き、その原理原則を改善して、独自の原理原則を構築していった。
バフェットは常に原理原則を持ち続け、それに反することはかたくなに避け続けた。これまで多くの投資家が失敗したのは、ちょっとした一歩の欲望や流行に負け、自分の原則から外れたことをしてしまったときといってもいいだろう。だが、そんなときでもバフェットは自分の原則を守り続けた。その姿に私は、どんなときにもものづくりの原則を守り続け、世界一の企業に成長したトヨタを思い浮かべてしまう。当たり前のことを、当たり前にやり続けるのはそれほどまでに難しいことなのだ。
バフェットはよく「能力の輪」という言葉を使うが、バフェットが大事にしているのは「能力の輪」を大きくすることではない。その輪をきっちり守ることだ。それが、バフェットの投資哲学の根幹といってもいい。輪を広げることより、自分の輪を守ることを大事にしたバフェットは、IT 企業をはじめとする新しい企業には手を出さなかった。浮き沈みがあり、長期的視点で確実性が保証されない銘柄には手を出さない。
例えば、バフェットはインテルの創業時に投資をするチャンスがあった。だが、自分が理解できないテクノロジー系企業には投資しないという原則をもっていたバフェットは、大学の理事会にはインテルへの投資を勧めても、自分は見送っている。これを多くの人は「投資機会の喪失だ」とみるだろうが、バフェットの考え方からしたら単に、自分の輪からはみ出さなかっただけなのである。だから、ITバブルが崩壊し、数兆ドルの価値が消滅したときも、バフェットは失敗することがなかった。
だからこそ、多くの投資家や経営者からいまでもバフェットは尊敬され続けている。例えば、アマゾン創業者のジェフ・ベゾスは「バフェットの言葉には耳を傾ける」と言い、グーグル創業者のラリー・ペイジやフェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグが師と仰ぎ、マイクロソフトのビル・ゲイツは波長の合う親友でもある。
バフェットの言葉は投資の世界にとどまらない。分散ではなく集中、短期ではなく長期的視点、成長性と競争力重視……それらはみな、経営の本質をつく「哲学」となっているからだろう。