イアン・ブレマーに聞く「世界が求める日本のリーダーシップ」

「世界10大リスク」の発表で知られる米コンサルティング会社、ユーラシア・グループ。同社社長で政治学者のイアン・ブレマーは、『危機の地政学 感染爆発、気候変動、テクノロジーの脅威』(日本経済新聞出版)の著者でもある。

原著は2022年5月出版のため、2月24日に起こったロシアのウクライナ侵攻は追記で触れられているが、原著の題名でもある「The Power of Crisis」(危機の力)が、くしくもロシアに対する西側諸国の結束によって証明された。「大きな危機が連帯や改革を生む」と指摘するブレマーに話を聞いた。


──米国は、ロシアのウクライナ侵攻を阻止できませんでした。これは、あなたが提唱したリーダー不在の「Gゼロ」時代を象徴しているのでしょうか。

もちろんだ。 プーチン大統領による侵攻の決断は、世界がGゼロだという強い認識に基づいてのことだ。まず、ロシアが2014年にクリミアを一方的に併合した後、 欧米は目立った反応を見せなかった。また、2018年に開かれたサッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会には、多くの欧米指導者が詰めかけた。

2021年夏の米国のアフガニスタン撤退という一方的な決断も、米国は腰が引けているという印象を与えた。ドイツではメルケル首相が退任し、対ロシア強硬派でないドイツ社会民主党(SPD)が政権を握った。フランスのマクロン大統領は北大西洋条約機構(NATO)を「脳死」状態と呼び、防衛における戦略的自律性の道を探っている。

米国と同盟国は足並みがそろわず、NATOも主要7カ国(G7)も弱体化する一方、中国はロシアの味方だ。そうした理由から、プーチン大統領はウクライナや国際社会からの抵抗を想定しなかった。

だが、それは彼の大きな誤算だった。ウクライナ侵攻という大規模な「危機」が世界のシステムを揺るがせ、リーダーシップや国際機関の強化、西側諸国の協調を後押ししたのだ。米国の与党民主党と共和党の団結さえ促した。「危機の力」だ。米政界や西側諸国の分断が深まっているというプーチン大統領の見立ては正しかったが、侵攻という危機が分断の悪化に待ったをかけたのだ。

──「同盟の重要性」がウクライナ侵攻で再び鮮明になった、と書いていますね。

西側諸国、特に欧州連合(EU)は、はるかに結束が強まった。ロシアに対抗すべく、より強固な防衛やエネルギーの政策が必要だからだ。2022年秋には、親ロシアのハンガリーでさえ、EUの対ロシア第8次経済制裁の採択に同意した。ウクライナとモルドバは同年6月、EU「加盟候補国」に認定されている。NATOもG7も結束が強まった。

──独裁政権や国家資本主義政権が世界秩序を覆そうとする試みは増えるのでしょうか。

過去10年間、独裁政権は勢いを増してきたが、2022年には、そのペースが減速している。

まず、イランで反政府デモが収束しない。中国では2022年11月終わりに「ゼロコロナ」政策への抗議デモが起こり、政府は政策変更を迫られた。同年10月23日、習近平国家主席は3期目の政権続投を確実にしたが、経済が減速し、目下のところ、中国の国家資本主義モデルに逆風が吹いている。

──第4章では、「破壊的なテクノロジー」が情報格差など、8つのリスクを生むと指摘していますね。

コロナ禍でデジタル化が加速し、テック企業は、それによって得た富を新テクノロジーの開発に投資し、さらなる生産性上昇に貢献した。

一方、破壊的テクノロジーには、市民社会や経済機能に危険を及ぼすというリスクがある。中国ではコロナ禍で、当局がテクノロジーを使って市民の監視を強め、自由のない「ゼロフリーダム」政策が強化された。これが「デジタル権威主義」リスクだ。中国政府は政治的安定や国民の忠誠心を維持すべく、位置追跡アプリや監視カメラ、顔認証システムで国民の一挙手一投足を追い、行動を変える力を手にした。

ひるがえって西側諸国では、SNSなど、アルゴリズムによるニュースへの依存度が高まり、人々の行動や見解にテック企業の影響が及んでいる。その結果、政治的な「部族主義」や二極化が強まり、政治制度の機能不全と民主主義の弱体化を招いた。


多忙を極めるブレマー氏だが、取材には協力的だ。空港のゲートや出張先で時間をつくってくれたこともある。今回の取材では、締め切りが迫るなか、1日に2回のインタビューに応じてくれた。(撮影=Richard Jopson)

──人工知能(AI)やプライバシー、膨大な量のデータを管理する「世界データ機関」(WDO)は、どのように創設できるでしょうか。

まず、危険なテクノロジーの出現と拡散に関するグローバルな共通認識を築き、何が最も破壊的なテクノロジーで誰がプレイヤーなのか、その危険度や普及速度、具体的な脅威を特定する必要がある。そして、作業グループを立ち上げ、定期的に検討する。こうしたプロセスは政府や企業も支援できるが、最終的には国連で行うべきだ。

──AIやロボットが普及し、人間の労働への依存度が下がることは、資本主義の未来にとって、何を意味するのでしょう?

岸田首相が「新しい資本主義」を提唱したのは、日本の将来を心配してのことだ。格差が比較的小さく、セーフティネットが強固な国であるにもかかわらず、だ。

「第4次産業革命」は生産性を大いに高めるが、低スキル労働者は不要になる。高度スキル人材でさえ、より代替的に使われる。AIの補完的作業は、世界中から調達した安価なギグワーカーが担う。巨額の富を生み出す第4次産業革命は世界経済にとってプラスだが、人々が取り残され、格差や怒りを増幅させないような政治的メカニズムが必要だ。

──あなたは「日本語版への序文」で、「世界にとって幸運なのは、国際システムにおける日本の存在感が増していることだ」と書いています。その理由のひとつは、安倍元首相が多くの国々と関係を築いたことにあると。

岸田首相も同様の試みを続けている。ほぼ一党支配が続く日本の強みは、リーダーシップの一貫性だ。また、日本は少子高齢化先進国として、世界の手本になれる。「未来は、もうここにある。ただ、満遍なく行き渡っていないだけだ」と、米小説家ウィリアム・ギブスンは言った。多くの国々が少子高齢化に直面するなか、日本の重要性が増す。

「世界は日本のリーダーシップを必要としている」とも書いたが、2023年5月に開かれるG7広島サミットが、うってつけの場だ。多国間外交や国際機関の強化、国連憲章の支持を推進するに当たり、日本の考えを示せばいい。日本政府の役割は重要だ。

──核戦争など、最悪のシナリオを防ぐために必要なことは何でしょうか。

Gゼロの世界では問題が先送りされる。そして突然、ウクライナ侵攻のような危機が起こる。未然に防げなかったのは、世界が変わり、力の均衡がシフトするなかで国際機関が放置され、改革が行われず、現状にそぐわなくなったからだ。

改革はひと筋縄ではいかないからこそ、NATO強化や国連安全保障理事会の大刷新を迫られるような危機が必要なのだ。第1次世界大戦後に生まれた国際連盟は事実上の解体に追い込まれた。そして、第2次世界大戦後、戦争の脅威が現在の国連の創設につながった。世界は大きな危機をバネにして、改革などの行動を起こす。むろん、計り知れない犠牲が出る第3次世界大戦のような危機は論外だが。

欧州は、30年超にわたる「平和の配当」を失った。ベルリンの壁の崩壊以来、欧州で大規模な地上戦が起こるなどとは、誰も予想すらしなかった。だが、状況は一変した。戦争が、EUという世界最大の経済共同体に及ぼす負荷は計り知れない。そうした意味でも、ロシアは大きな脅威だ。

法の支配を信じ、国際舞台で市民社会の強化に向けて行動しようとする日本は、世界で、ますます重要な存在になっている。


Ian Bremmer◎政治リスク専門のコンサルティング企業「ユーラシア・グループ」社長。スタンフォード大学で博士号を取得したのち、同大学のフーバー研究所等を経て現職。著書に『「Gゼロ」後の世界  主導国なき時代の勝者はだれか』『対立の世紀 グローバリズムの破綻』『危機の地政学 - 感染爆発、気候変動、テクノロジーの脅威』。


『対立の世紀 グローバリズムの破綻』(日本経済新聞出版、奥村準訳)。グローバル主義とテクノロジーの進化が勝者と敗者を生み、中間層が没落し、格差と分断が拡大したことを分析した本。「われわれ対彼ら」という「アイデンティティ・ポリティクス(政治)」がトランプ大統領というポピュリストを生んだと説く。


新刊『危機の地政学 感染爆発、気候変動、テクノロジーの脅威』(日本経済新聞出版)。コロナ禍と気候変動、AIや顔認証システムなどの「破壊的テクノロジー」という3つの危機とリスクを分析。歴史が示すように、世界が協調し、もっと優れた国際システムを築くには、私たちを結束させる大きな「危機」が必要だという。

インタビュー=肥田美佐子 写真=Richard Jopson

この記事は 「Forbes JAPAN No.101 2023年1月号(2022/11/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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