日本企業が知るべき「真の米中対立リスク」

鈴木一人(左)とケビン・ラッド(右)

世界の地政学リスクが再認識され、「経済安全保障」がキーワードになった2022年。地政学リスクがビジネスに与える影響も大きく、特に日本に関係の深い米中対立は多くのビジネスパーソンが関心を寄せている。

今回、中国問題の専門家として知られるケビン・ラッド元オーストラリア首相と経済安全保障の専門家の鈴木一人東京大学教授を迎え、2022年の世界情勢の変化と対中関係への影響、そして危機に備えて日本企業が取るべき対応について聞いた。


鈴木一人(以下、鈴木):日本は22年5月に「サプライチェーンの強化」、「基幹インフラの安全性確保」などを目的とする経済安全保障推進法を成立させました。経済と安全保障の関係はこれまでも重要でしたが、22年にこれほど重要視されるようになったのはなぜでしょうか。

ケビン・ラッド(以下、ラッド):端的に言えば、中国とロシアの地政学的影響です。世界中のすべての国家に影響を及ぼしています。まず中国に関してですが、2018年に始まった米中貿易戦争で、サプライチェーンのレジリエンスという問題が浮上し始めました。

その後、新型コロナウイルス感染症のパンデミックおよび厳格なコロナ対策、さらにバイデン政権下で継続・拡大している包括的な戦略的競争によって、問題は複合化しています。

ロシアについては、より直接的な影響としてウクライナ侵攻がエネルギー安全保障をより鋭く、焦点化させる原因となりました。現在、世界中の政府が経済安全保障政策を重視するようになっており、日本だけではありません。

鈴木:米国政府はこれまでも特定の中国企業との取引禁止などの措置を取ってきましたが、22年10月7日に米国商務省が発表した半導体関連製品の輸出規制強化は、次元の違う厳しさです。中国がハイエンドの半導体のような先端技術にアクセスするリスクをどのようにお考えですか。


12月5日に国際文化会館(東京都港区)で1時間半にわたる対談を実施したケビン・ラッド(左)と鈴木一人(右)。ラッドは中国の技術躍進について、「西側諸国は、中国が国家産業モデルを適用して部分的にせよ成功する能力を過小評価してはならない。単に失敗すると決めつけるのは傲慢だ。国家産業モデルは、過去の混合モデルよりは効果が少ないだろうが、それでも十分な効果をあげる可能性はある」と指摘する。

ラッド:習近平体制は「中国の技術的独占は中国の経済的発展にとって不可欠だ」という戦略的信念を明確に打ち出してきました。15年に発表された中国の2025年戦略では、10の技術カテゴリーを特定し、25年までに獲得すべき定量的な目標が設定されました。

17年の人工知能(AI)の未来に関する国務院指令は、経済、軍事の近代化にとって「AI」が中心的な存在であると結論づけています。経済政策を示す第14次5カ年計画(21年)で、初めて安全保障の項目が追加されました。

特に半導体の問題やAIの問題では、中国は民軍融合のドクトリンを通じて、常に先端技術を二重の用途とみなしています。中国の産業資金は、民間の研究機関と同じように軍事研究機関に振り分けられています。

最後に、中国のモデルが成功するかどうかという問題ですが、これは答えるのがとても難しい問題です。私は独立系シンクタンクを運営しており、長年、中国当局者と経済成長の在り方について話してきました。

中国の友人曰く、「ケビン、多額のお金を無駄にすることはわかっているが、1000億ドルを投資して、50億ドルが技術の飛躍的進歩をもたらせば、我々はハッピーだ」。彼らが見ていたのは米国のベンチャーキャピタル(VC)です。
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文=渡辺将之、編集=成相通子、写真=ヤン・ブース

この記事は 「Forbes JAPAN No.102 2023年2月号(2022/12/23発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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