経済・社会

2022.12.16 19:00

井上成美と野中広務が泣くだろう。元首相秘書官がみた安保3文書


そのうえで、米村氏が思い浮かべるのが、第2次大戦前の1941年1月、「新軍備計画論」を海軍大臣に提出した井上成美元海軍次官だという。新軍備計画論は、先々の戦略を考えたときに今の軍備では米軍に太刀打ちできないと問いかけた。米国との決戦に備えた新しい戦略を唱えたもので、大艦巨砲主義ではなく、潜水艦や航空攻撃の重要性を説いたものだ。ただ、保守的な海軍内でまったく評価されなかった。さらに、当時の陸軍と海軍は折り合いが悪く、井上が描いた構想は、一顧だにされなかった。米村氏は「現代は統合運用の時代だと言われる。しかし陸海空の各自衛隊はバラバラに予算要求をしているのではないか。増税云々の前に、統一された基本戦略を支える全体的な予算構成をどうするか考えなければ、予算は膨れ上がるばかりだろう」と語る。

松村五郎元陸上自衛隊東北方面総監(元陸将)も「自衛隊をどのように使うのか、という議論がまったくなかった」と指摘する。萩生田氏は11日、台湾での講演で、安倍晋三元首相が掲げた「台湾有事は日本有事」との言葉に触れたという。松村氏は「台湾有事の時、自衛隊が台湾防衛に参加するのか、それとも南西諸島などの防衛に専念するのか。米軍の活動にどこまで関与するのか。その議論をしないまま、防衛力の整備に進んで良いのか」と語る。外務省の元幹部も「何をするのかわからないままでいいのか。方針によってはGDP比1%のままで良いかもしれないし、5%でも足りないかもしれない。順番が違うだろう」と話す。

そして、米村氏が思い出す、もう一人の人物が小渕内閣で官房長官を務めた野中広務氏の言葉だ。野中氏は生前、「日本人は一色に染まりやすい民族である」と語っていた。安倍元首相に対し、「君は岸(信介)の孫だが、同時に(安倍晋太郎の父で、非戦平和主義者として知られた)安倍寛のリベラルの血も受け継いでいることを忘れるないでほしい」と語っていたという。野中氏はリベラルな政治家だったが、弱腰の政治家では決してなかった。1990年9月、金丸信元副総理らが訪朝した。3党共同宣言を発表するなど、北朝鮮との対話ムードが漂うなか、1人、北朝鮮に厳しい批判の声を浴びせたのが野中氏だった。最後には、北朝鮮側が「野中を会議場から摘みだせ」と騒ぎ出すほどだった。

自民党議員らも、岸田首相にばかり責任を押しつけて良いのか。今、増税反対で騒いでいる議員の大半は、そもそも防衛力強化を唱えていた。防衛費増額の話は今年の通常国会中に出ていた話だ。そこで議論をしようと訴えた議員がいただろうか。今になって「増税はダメだ」「順番が違う」というのは、責任逃れではないのか。国会で議論をしなかったのは、なぜなのか。国会議員が等しく説明をする責任を負っているはずだ。議員に議論するよう迫ってこなかったメディアも有権者にも、等しく責任はある。

米村氏は、ベトナム戦争当時のロバート・マクナマラ国防長官が回顧録で語った「一国の最も深いところに潜んでいる力は、軍事力ではなく、国民の団結力にあります。アメリカはこれを維持するのに失敗したのです」という言葉に注目する。マクナマラは「失敗」の理由の一つとして、国民に十分説明したなかった点を挙げた。米村氏は「国民の団結が重要だということは、ウクライナを見てもそれがよくわかる。日本は今、国民が納得したうえで結論を出したと言えるのか」と語る。

今からでも遅くはない。年明けの通常国会での予算審議を通じ、今こそ徹底的な戦略論を論じるべき時だ。

過去記事はこちら>>

文=牧野愛博

ForbesBrandVoice

人気記事