キャリア・教育

2022.12.17 17:30

「わが家」で医療を 主治医の意見が食い違った理由 #人工呼吸のセラピスト

連載「人工呼吸のセラピスト」


もちろん、すべてのケースで在宅がうまくいくわけではない。
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専門分野から外れた「患者への関心の薄さ」


押富さんの場合は、呼吸器内科が専門の服部さんの手厚い支えがあった。

調子が悪い時は毎朝、痰の吸引をしてくれた。チーズのように固くなった痰を、在宅医療ではめったに使われない気管支鏡で、時間をかけて除去し、肺炎の悪化を防いだ。

「重症筋無力症と肺炎という診療科の枠をまたいだ疾患を診るには、在宅のほうが柔軟にできた」と服部さんはいう。時折、全身を襲う原因不明の激痛に対しては、服部さんの判断で鎮痛効果の強い医療用麻薬を処方した。重症筋無力症には「慎重な投与が必要」とされているが、他に有効な薬がなかったからだ。これも病院の対応とは異なった。
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押富さんが最初に在宅復帰する前、服部さんが当時の主治医に病状を尋ねたら「重症筋無力症の症状は止まっているが、廃用症候群みたいなもの」という説明を受けたという。

廃用症候群とは長期間、寝たきりなどの安静状態が続くことで心身の機能が低下すること。

かつて大学病院にいたころの自分と同じように「専門分野から外れた患者への関心の薄さ」を感じたという。病よりも患者を診るために在宅診療を志した服部さんにとって、押富さんの思いや活動を支えることは自身の使命感に重なった。「長くは生きられないと理解していて、その中で彼女がやったことは私たちの想像を超えていました」。

連載 人工呼吸のセラピスト
果物狩りの気分を味わってと、庭のスモモを診療に持参した服部さん=2018年6月

総合病院との役割分担も次第に変わっていった。

頑強に入院を嫌がる押富さんは、意識不明になってから救急搬送されるのがパターン。病院では強い抗生剤を投与するなどして治療し、10日から2週間ほどで肺のレントゲン写真に改善が見られれば、主治医は「ほかの人ならまだ入院継続だけどね」と言いつつ服部さんに後を任せて、退院を認めた。押富さんはなじみの看護師や検査技師らに「またねー」とあいさつして自宅に戻った。

いわば「押富基準」と言えそうな特例的な対応だが、自宅で「やりたいこと」に集中できる時間が生命を支えていることにも、周囲は気づいていった。

介護する母たつ江さんも本人の思いを尊重して、どっしりと構えていた。

「どうせ長くは生きられないなら太く、短く。悔いのないようにっていつも思っていました」

こうした応援を得て、人工呼吸の作業療法士・押富俊恵の活躍の舞台が整っていった。

連載:人工呼吸のセラピスト

文=安藤明夫

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