押富さんは、のちに講演でこの体験を紹介するようになった。
「もしもあのとき、主治医が異動にならなかったら、私は今日ここで皆さんとお話をするなんてこともなかったかも。NPO法人なんて立ち上げていないだろうし、どこかの病院か施設で生活していたかもしれません。危ないところだったと本気で思っています」
そして、医師一人の知識やイメージで、患者の人生の重要事項が決まってしまうことを「専門性は凶器にもなる」と強い言葉で批判した。
医師は自分の専門性にこだわり、病室に患者を置いておくことが安全だと考えがちだが、それが患者の人生の可能性を奪う場合もある。在宅で症状が改善した例は無数にある、という訴えだ。
「担当者がだれなのかによって、患者の将来に影響が出てしまうのは理不尽なこと。だからこそ、知識や経験を共有してほしい。多職種連携で多くの人にかかわって本人も含めて話し合ってほしい。自分だけでカバーできなくても、多くの職種で共有すればいい。あなたの提示した情報量・選択肢がその人の将来・人生を左右する。どうか、忘れないでください」
「地域包括ケア」が、まだ知られていない
大河内章三さんと押富さん=2020年9月、名古屋市で
押富さんの指摘に同意するのは、名古屋市で地域連携や住民啓発のためにさまざまな活動をしているケアマネジャーの大河内章三さんだ。
「そもそも病院や事業所内で専門に特化した仕事、決められた役割・範囲での仕事をしているだけでは、視野が広がるはずはない。従来からの医療制度の流れからみても、在宅医療は病院医療より格下という意識を持っている医師はまだまだ多いと思います」
国は、医療や介護が必要な状態になっても、できる限り住み慣れた地域で、能力に応じ自立した生活を続けることができるように、医療・介護・予防・住まい・生活支援を包括的に行える体制づくりをめざしていて、それを「地域包括ケア」と呼んでいるが、一般の認知度の低さとともに、医療者の理解の遅れが大きな課題になっている。
だからこそ「医療と暮らしを患者の手に取り戻そうとした押富さんの活動は、とても先駆的」と大河内さん。2020年に押富さんの講演を聴いて感動し、応援してきた。