池上は、仮想世界「セカンドライフ」での彼らとの交流を通して、通常の方法では知り得なかった彼らの内面世界を知ることになる。彼らが生まれながらに視覚、聴覚、触覚といった情報を過剰なまま取り込んでいる強烈な脳内世界をかいま見ることになったのだ。
2017年、池上はその体験を詳細に綴った『ハイパーワールド:共感し合う自閉症アバターたち』(NTT出版)を上梓し、NHKでも現地取材に基づくドキュメンタリーが放送されなど話題となった。そんな池上がいま、日本で多くの人に知ってほしいと思っている概念が「ニューロ・ダイバーシティ」。自閉スペクトラム症などのありかたが脳のひとつの個性であり、神経回路の多様性こそ人類の発展にプラスになるという考え方だ。
「もっとイノベーションや社会実験を促すような社会や文化を築くにはどうすれば良いのか。そのために有効的で一定の科学的な根拠がある言葉があるとするならば、それは『ニューロ・ダイバーシティ』ではないかと思う」
そう語る池上に、じっくりと話を聞くことができた。
「ニューロ・ダイバーシティ」は90年代に米シリコンバレーで生まれた言葉で、最初に広めたのは、米ジャーナリストのハ―ヴェイ・ブルームだと言われています。彼は、アトランティック誌上で、当時盛り上がりを見せつつあったシリコンバレーのIT文化には神経回路的な基礎がある、と指摘したんです。
「ギーク」と呼ばれるITオタクの中には、アスペルガー(注・自閉スペクトラム症の一種で、高機能自閉症のこと)の天才的なプログラマーなどが多くいましたからね。その認知特性を治癒すべき「病気」や「障害」ではなく、一つの「個性」であるという考え方を広めました。
ちなみ今のシリコンバレーのアイコン的存在といえばテスラ創業者のイーロン・マスクですね。彼は自身がアスペルガーであることを公表しており、今年5月に放送された米国の人気テレビ番組「サタデーナイトライブ」で、自身がアスペルガーとして同番組初の司会者となったと発言をし、大きな話題となりました。
アスペルガーの人はシステム化に優れ、分析に秀でている人が多いと言われています。また周囲に同調せず信念・嗜好を貫く態度も、デジタル時代のビジネスと相性が良いのです。90年代〜2000年代、インターネットとコンピューターが社会の隅々に行き渡り、また脳神経科学が急速に発展してきて脳の神経構造の多様性についての理解が広まり、「ニューロ・ダイバーシティ」の考え方が広まりました。