イタリアでは1つの村には必ず1つの教会があり、毎日毎時、鐘が鳴る。そんな故郷のシンボルになぞらえた言葉の通り、イタリア人に「自分の村がいちばん」と思っていない人を探すほうが難しい。
若者が地元に残り、または進学などで一度離れたとしても必ず帰ってくるのは、自分の故郷に誇りを持てるものが数多存在しているからに他ならない。自然、伝統、学問、芸術……と、郷土への誇りを下支えする要素は挙げればキリがないが、なかでも彼らの最大のお国自慢といったら、文句なく料理であろう。
町ごとに、もっと言うと村ごとに、脈々と受け継がれる郷土料理があり、自分のマンマの料理が世界一美味しいと、まじめな話、全国民がそれぞれ思っていると言ってもいい。
私が料理修行に行ったイタリアで初めて居候した家では、結婚して隣町に住んでいる息子が、平日の昼休みに、マンマの料理を食べに足繁く実家にやってきた。ずいぶんマザコンな息子だと驚いたものだが、その後、各地で居候したすべての家において、まったく同じ光景が繰り広げられていた。
マンマと息子
マンマに支えられ世界で売れる食材に
イタリアの家庭に受け継がれる郷土料理には、郷土の「食材」が欠かせない。うまい郷土料理がある地域には、必ず地域の生産者たちが心血を注いだ素晴らしい食材がある。
ラビオリのように詰め物をしたパスタであるトルテッリーニには、生ハムやパルミジャーノ・レッジャーノ・チーズが欠かせないし、ヴェネト州トレヴィーゾ地方の名物リゾットにはラディッキオ・ディ・トレヴィーゾという野菜が不可欠だ。
トルテッリーニ
こうしたハム類やチーズ、農産物などの地域の伝統食材は、イタリアではEU法に準拠したD.O.P.(原産地呼称保護制度)や I.G.P.(地理表示保護制度)で徹底的に守られ、その地域で生産された、かつ厳しい基準をクリアしたものだけが地域を冠した名称を名乗ることが許される。
その代表的な食材である「パルマの生ハム」は、紀元前からすでにつくられていたという。保存料は一切加えず、パルマ地方の良質なパルミジャーノ・チーズの乳清を餌とした「認定豚」の肉に、最小限の「塩」だけをすり込み、他のどこにも真似できない柔らかい舌触りのハムをつくりあげる。
ハム
それを可能にするのは、熟練した職人の高い熟成技術と、パルマ地方の独特の気候、風、温度、湿度(乾燥)だ。認定地域の範囲も厳しく、エミリア街道から南に5キロメートルは離れ、海抜900メートル以下で、エンザ川とスティロネ川に挟まれた地域とされる。
このように、イタリアの伝統食材はまさに「地域」そのものをくっきりとブランド化することで高付加価値化され、「大量生産低価格」とは真逆の「少量生産高価格」を可能にした。強い食材コンテンツを武器に、小さな村がダイレクトに世界市場とビジネスを展開し、利益を生み出しているのだ。
重要なのは、イタリアの場合、こうしたD.O.P.食材も、決して富裕層を対象にした希少品としてではなく、あくまで地域のマンマたちの家庭料理で使われることを前提にしているということだ。それは私のように料理修行人の立場で田舎に入りこむほど痛感する。