このSXの実現に向けた最先端事例とも言えるのがトヨタ自動車だろう。同社は、これまでもハイブリッド車をはじめとする環境技術の普及を進めてきたが、気候変動の要因となる大気中のCO2排出量の大幅削減だけではサステナビリティ実現につながらないと考え、幅広い領域での活動も推進している。
「人々の幸せを量産する」ことをミッションに、「可動性(モビリティ)を社会の可能性の変える」ことをビジョンに掲げる「トヨタフィロソフィー」にその姿勢が表れている。いわば「フューチャーポジティブ」な社会を目指す考え方と言えるだろう。
この話の前提となるのは、従来の資本主義が「誰かの犠牲の上に成りたっている豊かさ」であり、今、ESG(環境・社会・企業統治)投資で急速に行われていることは、これらの上にたっている経済的な力のある企業の責任だとしていることだ。現在、経営における主要なテーマとなっている「ビジネスと人権」「脱炭素」「生物多様性」なども同様の構造であり、いずれも「ゼロサムからの脱却」を志向している。
その先にあるのが、世界経済フォーラム(WEF)で議論が始まっている「ネイチャーポジティブ」という考え方だろう。「自然資産を増やすような構造のビジネスでなければ市場から追い出す」という強いメッセージだ。「あなたの会社の成功はいかに地球環境をよくしているか」とも取れる。
こうした動きに対して、金融界も後押しし、国連などと協働し「自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)」を21年6月に発足させた。企業に生物多様性や自然に関する情報開示を促す国際的な枠組みの策定を23年目途で進めている。
この「ネイチャーポジティブ」の先にあるのが「プラスサム資本主義」だ。一人ひとりの幸せを創出し、自然資源を減らさず、使った分以上に「増やす(プラスする)」者にのみ、もうける権利が与えられる新しい経済のしくみだ。今後は、自然と社会の両方にプラスを与える企業だけが市場で評価されるようになり、プラスサム資本主義が主流になっていくはずだ。
プラスサム資本主義に取り組む企業は、日本ではまだ数社と少ない。声高に叫ばれるSGDsも17項目事業の紐付けで止まるケースが多い。多くの企業が、社会の役に立つことをもうけにできていない状態だ。利益と社会的善の両立は極めて難しいが、それを実現するために動かなければ、新しい資本主義のルールに取り残されるだろう。
世界的に大きなうねりが起きているいまこそ、どのような商売をしたいのかという経営理念と、環境に配慮した事業運営、そしてESGを考慮した組織運営が相互に影響を与えていることを理解して、それらを一貫して考えることのできる統合思考が必要だ。この考えを基に根源的な経営の転換「サステナビリティ・トランスフォメーション(SX)」を図るときだ。
田瀬和夫◎1967年生、福岡県生まれ。東京大学工学部卒業後、外務省へ入省。国連に10年勤務した後、2014年にデロイトトーマツ コンサルティング執行役員としてSDGs推進室を立ち上げる。企業・自治体にSDGs戦略、ESG投資への対応を支援。17年に独立。