ソフトバンク株式会社(以下、ソフトバンク)の100%子会社である株式会社Agoop(アグープ)は、このような人流データを提供している。
流動人口データはIoTビッグデータとして着目されはじめていたが、このパンデミックをきっかけに人流データの価値が一気に高まり、Agoopは企業や観光地などが抱える課題を解決するためのソリューションを次々と展開。急激な成長を遂げている。
時代の先を捉えた活用技術と、サステナブルな社会を作るために求められるビッグデータの役割について、取締役 兼 CTOの加藤有祐(以下、加藤)と取締役 兼 CROの若谷巧(以下、若谷)に話を聞いた。
当事者意識を持つことが事業を創造する
Agoopは、ソフトバンクユーザーの繋がりやすさ改善のため、基地局の課題を可視化して通信品質向上に寄与することを当初のミッションとして、2009年に設立された。
現在はスマホアプリから取得した位置情報を秘匿化・統計化したビッグデータをAI技術で加工し、新たなソリューションを生み出しているが、その誕生には、当時地図システムを開発するエンジニアだった加藤のある取り組みが源流となっている。
「2007年ごろのソフトバンクはブロードバンドサービスがメイン事業で、部署ごとに基地局やクレーム情報などが散在していました。そこで地図データの統合を図るプロジェクトが立ち上がり、緻密な情報を地図上に高速に表示させるプロダクトを構築。オンラインで確認することができるこのWEB版地図システムは、その後社外からも利用したいというご要望をいただき、Agoopの創立につながりました」(加藤)
加藤をはじめとする主体性を持って行動できるメンバーが最大限のパフォーマンスを発揮し、ビジネスはもちろん、災害対策の課題解決を導く人流データの活用技術を開発していった。
そんな企業風土とビッグデータの活用に将来性を感じ、ソフトバンクからフリーエージェント(社内公募)制度(※)をもちいて参画したのが若谷だ。
※意欲ある社員が自らキャリアアップにチャレンジできる制度。自ら希望する部門やグループ会社に手を挙げ、選考を経て合格すると異動を実現できる。
「これからの時代はデータの活用が重要になっていく。コロナ禍と同時に位置情報が求められはじめた経緯もあり、人流データやその活用技術をサービス化し事業を拡大させることを自身のミッションとしています」(若谷)
ピンポイントな人流把握が企業の新たな戦略を生む
Agoopが提供する人流統計レポートでは、任意エリアの推計人口の時系列推移や来訪者の移動軌跡などを可視化。さらに来店者の属性・ライフスタイルなども把握できる。
これを導入し、新規店舗候補地選定を行ったのが株式会社ニトリホールディングスだ。
「Agoopの人流データは細かなエリアの人々の動きがわかるため、巨大な集合施設やショッピングモール全体はもちろん、施設内にあるA棟、B棟といった細かい範囲での調査が行えます。そのため企業は対象とする購買層がどの棟に多く出入りしたのかもデータとして収集が可能。こうしたピンポイントの人流把握が新規出店への糸口となり、かつ短期間で決断できたと言っていただけたのはとても嬉しかった」(若谷)
来訪者の性別や世代、どこから何人来ているのかという属性を活用し、属性にあわせて広告チラシをまくエリアを絞り、より効果的に配布できる。このように人流統計データの活用は武器になるのだ。
「商業施設に来店した人なのか、あるいは勤務している人なのか。また場所ごとに滞在している時間を計ることができます。人流統計レポートは全てに派生する拡張性があるので、今後も活用できるサービスの幅を広げていきたい」(若谷)
取締役 兼 CRO 若谷巧
「人流統計レポート」は観光業にも活用されている。
東日本旅客鉄道株式会社では、新幹線などの鉄道利用促進にむけて実施した施策の効果測定に導入され、広範囲の旅行者の周遊ルートを可視化した。
「プロモーションは莫大なお金がかかる反面、具体的にどのような効果が生まれたのかは見えにくい。我々のデータ活用技術がなかったら、このような有効な検証はできなかったとお褒めの言葉をいただきました」(若谷)
観光業ではプロモーションの効果的な取り組みや課題解決を願う自治体や企業が多いものの、効果的な解決策を導き出すのは難しい。しかしどの地域も抱えている課題に共通点があると若谷は話す。
「今後は人流統計レポートの活用実績をパッケージ化し、SaaSとしてリリースしていきたい。お客様の声を聞きながら改善を繰り返し、問題を抱えている自治体や企業の課題解決に役立てていただけるように尽力していきたいと思っています」(若谷)
災害時における被災者の避難活動も把握、二次災害防止へ
2022年11月5日、Agoopは北海道根室市で内閣府が実施する地震・津波防災訓練において、日本赤十字看護大学附属災害救護研究所と共同で、人流データを用いた津波避難状況の把握に関する実証実験を行なった。
この実験で用いられたのは、Agoopが提供している歩数計機能を搭載したアプリ「アルコイン」。
避難訓練実施地域の住民へアプリを配布し、避難訓練参加者の人流データを収集することで、避難場所の迅速な特定および避難行動・交通状況などを把握することができる。
実はこの「アルコイン」、新人研修の一環から生まれたものだという。歩くだけでコインがたまり、たまったコインを電子ギフト券などと交換することができるスマホアプリが、災害時に避難者がどこに向かったのかを示すものとして役立つのだ。
「災害時には誤った情報により避難所ではない場所に人が集まる場合があり、そこに救援の手が伸びないと二次災害が起こる可能性も出てくる。アルコインは被災者の位置情報を安全に収集するものとして、今後の災害対策において重要な役割を担っています。平常時は健康活動として利用いただき、発災時は災害対策に利用できる。平常時・発災時の両面の設計が重要です」(加藤)
取締役 兼 CTO 加藤有祐
加藤は、今後は持続可能な未来に向けてCO2削減を可視化する機能もアルコインに搭載していきたいと話す。
「健康を維持することは日本の医療費圧迫を解決することにも繋がる。さらに車での移動を徒歩に変えることで脱炭素に貢献することができる。社会への貢献を見える化することでサステナブルな社会を実現する一つのツールになれたらと思っています」(加藤)
人流データがもたらす有効性を次々と実現していくAgoopの事業展開は、社会課題への解決に向け着実に前進している。
自発的な行動力が会社の未来を創造する
ビッグデータを応用する発想力はどこから来ているのだろうか。それにはAgoopのカルチャーが大きく影響している。
「新しい発想を大切にしたいので、企画のアイデアが浮かんだ場合はすぐに提案できる環境を整えています。社内のコミュニケーションツールでは、常に新しいアイデアについて役職や事業部を超えた意見が飛び交っています」(加藤)
そしてもう一つ、エンジニアがアクティブであることも特徴的と言えるだろう。
クライアント先に赴いて商談に参加し、積極的に解決策を導き出すエンジニアが多い、と若谷はいう。
「案件により、ユーザーに直接インタビューを実施して使用感を聞くこともあります。エンジニアは単なる技術職ではなく、多くの人と接し、納品後も改善点を拾い上げ、対応していくことが重要。指示待ちではなく自発的に動ける人は、スキルがなくとも1年後にエース級に育つ。自ら吸収していくスタンスがあれば、いくらでもチャンスを掴むことができると思います」
若谷の話に加藤も大きく頷いた。
「一言でまとめると当事者意識がある人が活躍できる企業だと思います。エンジニアに限らず、常に改善点を見つけていく。そうした意識を持っている人であれば、誰でも活躍できる場所だと思っています」(加藤)
人の流れを掴むことで企業や自治体の課題を解決し、社会貢献にも繋がるAgoopのビッグデータ。今後は経済復興や災害対策へのAI活用、健康促進のための歩活支援をベースに、さらなる事業拡大を目指していくという。
SDGsに掲げられた課題には位置情報が貢献できるものが多くあり、今後新たな「人流価値」が生まれる可能性は非常に高い。彼らが目指すビッグデータからの社会課題解決に期待したい。