自動車部品のスパークプラグやセラミックス製品の製造、販売を行う老舗メーカーで、事業ポートフォリオ転換の実現を担うBusiness Creationカンパニー。彼らが創造する未来のシナリオとは。ビジネス戦略部長の木全崇博に話を聞いた。
EV化による危機感から生まれた新規事業計画
世界の自動車産業はEV化へのシフトを急加速している。その裏で深刻な影響を受けるのが自動車内燃機関部品メーカーだ。1936年の創業より自動車業界を支えてきた日本特殊陶業は、2020年に策定した長期経営計画で「Beyond ceramics, eXceeding imagination(セラミックスのその先へ、想像のその先へ。)」というビジョンを掲げ、翌年、新規事業の開発を担う社内カンパニーとしてBusiness Creationカンパニーが発足した。
しかし新規事業への取り組みは、15年ほど前から各事業部で行ってきたと木全はいう。
「各社がEVを開発しはじめたのが2005年ごろ。当然弊社でも柱となる事業が変化していくことへの危機感は感じていました。いずれは主力事業が衰退する時が来るだろうという認識はあったものの、足元の事業には多くのお客様がいる。こうした中で新規事業への取り組みがどうしても後回しになってしまうという現状がありました」
EV化といってもすぐにエンジンが不要になるわけではない。インフラ整備が難しい発展途上国ではしばらくの間、内燃機関自動車は走り続けるだろう。そのような状況下で新たな柱となる事業への創造にシフトチェンジしていくことは、老舗企業であるほど容易なことではない。
だが、次第に新規事業の創造を必要とする声が上がりはじめる。
2009年、DNA活動と呼ばれる取り組みがスタート。これには「Dynamic New Approach」「どこかに、なにか、ある」「新事業創出の遺伝子を次代の社員に」という3つの意味が込められていた。
「当初DNA活動はクローズドな体制で行われていましたが、2010年に“新規事業領域・分野への果敢なる挑戦を実践する”と定めた長期経営計画が策定されました。こうした動きを受け、DNA活動はその後、社員のだれもが新規事業の創出活動に参加できる仕組みへと改変。社内で新規事業のことが自然に語られるようになり、いわゆるムーブメントが起きたという印象でしたね」
“どこかに何かがある”という視点を持つ社員一人ひとりの活動が起爆剤となり、多様なアイデアを共有することで、日本特殊陶業は着実に新規事業への取り組みを強化させていった。
そしてこの流れを継続・推進すべく、2020年に前身となるイノベーション推進本部が発足、翌年にBusiness Creationカンパニーが立ち上がった。
攻めの姿勢こそが新領域を開拓する
Business Creationカンパニーが掲げるミッションは「世界の人々に、よりよい生活の質を創り出すソリューションを提案する」。そこには世界中の人々のQOL向上に役立ちたいという願いが込められている。
「これまではお客様が求めるものを我々の技術で実現し提供してきましたが、ソリューションを提案するとなると、お客様がまだ気づいていない課題をキャッチする必要がある。そのためには行動観察を行い、デザイン思考で物事を捉えないといけない。まずは300名以上のメンバー全員がそのような意識と行動に変わることからはじめました」
さらに他社と共創することで本格的な事業化にも取り組んでいる。これは新規マーケットの拡大だけでなく、自社が持つ技術の社会的価値を高めることにも繋がっていく。現在、共創パートナーはスタートアップを含め10社以上。その起点となっているのが2018年にシリコンバレーで立ち上げたベンチャーラボだ。
現在ではシリコンバレーに加えて、東京、ドイツにベンチャーラボを有し、シリコンバレーと東京の展示スペースではスパークプラグ、センサーをはじめ、セラミックパッケージ、燃料電池、固体電池などの技術に触れることができる。
Business Creationカンパニー ビジネス戦略部長 木全崇博
「我々が作っている製品の応用価値をさらに広げていくためには、自分たちが今持っているものをお伝えしなければいけない。まずは自分たちが何者であるのかを理解していただく場として展示スペースを作りました。設立当初は母体である日本特殊陶業の経営企画部門が管轄していましたが、Business Creationカンパニーの発足に伴い、移管されました。今後はより実行機能が高い組織へと変革を進めていきたいと考えています」
世界中の人々のQOL向上を目的とした3つの事業領域
Business Creationカンパニーが新規事業で目指すのは「モビリティ」「ユーティリティ」「メディカル」の3つの領域だ。
モビリティ分野では、ユーザーと自動車整備工場をつなぐプラットフォーム「Doctor Link(ドクターリンク)」のサービス提供を、2021年11月より開始した。
「我々は自動車関連事業で培った販売ネットワークを持っています。今後モビリティ社会が変化していく中で、私たちが引き続きどのような価値を提供できるかを考えた時、メンテナンスを起点に整備工場とドライバーを繋ぐプラットフォームを作るべきだという結論に至り誕生したのがDoctor Linkです」
またユーティリティの分野では2つの事業に取り組んでいる。
1つは、陸上養殖技術の研究・開発。現在、愛知県でバナメイエビを対象として養殖システムの検証を実施しているが、このプロジェクトの根本にあるのは、気候変動や海洋汚染などによる食糧不足が抱える問題を技術で解決したいという思いだ。水質センサーや、遠隔監視が可能なコントロールシステムなどを自社開発し、魚種横断型のプラットフォームを目指している。
2つ目として、空気中に存在するウイルスを99%以上抑制する業務用オゾン発生機「澄風」を2021年9月に発売した。この澄風には、日本特殊陶業が80年以上年培ったセラミック技術により、耐久性が高く、安定的にプラズマ及びオゾンを発生させる技術が活かされている。
「Doctor Link、陸上養殖共に外部共創により開発が進められている取り組みの一つです。自社で持っているのはセラミックのセンサー素子や計測技術、自動車部品のネットワークなど全体として実現したい価値の一部分ですので、パートナー企業皆様とともにより良いソリューションを提供していきたいと思っています」
木全は現段階においてはどの領域も開発途中であると話すが、日本特殊陶業が掲げる「Beyond ceramics, eXceeding imagination(セラミックのその先へ、想像のその先へ)」と、一歩ずつ着実に歩み出している。
自由に発言できる社風が新しい可能性を生み出す
Doctor Linkや陸上養殖、澄風の他にも、複数の事業でテスト運用など挑戦を続けるBusiness Creationカンパニー。1年目は新規事業のアイデアとなる種をたくさん蒔き、2年目からは事業領域に沿った経験を積みながら、一つ一つの種を大きく育てていると木全はいう。
また組織運営の一つにホラクラシーに基づく組織運営手法を導入し、社員が感じた違和感なども自由に発言できる場を設けることで、組織を内側から変えようとしている。
「多様なニーズと変化の速い時代において、組織の部門長に権限と責任を持たせるような組織運営では経営判断がスピーディーに、的確にできない課題がある。そこで一つの解決策としてホラクラシーを導入しました。メンバー一人ひとりの役割や権限を明確化することで現場でのスピーディーな判断を促すこと。また誰もがより良い組織運営にするために提案できる権利があり、それを発動することができるという仕組みを作っています」
そして木全は、Business Creationカンパニーのあるべき姿についての想いをこう語る。
「私たちは社会的価値と経済的価値を社会へ提供し続ける責任がある。時代ごとに期待される価値が変わっていく中で時代に即した、あるいは先取りした価値の本質を常にとらえなければならない。そこから我々が取り組むべき領域を定め、膨大な量のアイデアを生み出しながら質の良いものだけを世界中の人々に提供していくことを目指し、努力と挑戦を続けていきたい」
日本特殊陶業の未来を創造することを託されたBusiness Creationカンパニー。木全は挑戦していくことにこそ価値があると話す。
「予想できないことに積極的にチャレンジしていきたい。どう転ぶのか、何が埋まっているのかが想像できないところにこそ宝がある。分からないから避けるのではなく、分からないからこそトライしていきたいと思っています」
木全崇博(きまたたかひろ)◎1994年に日本特殊陶業株式会社入社。電子部品、半導体パッケージなど機能性セラミックを使った部品事業で営業・マーケティングを務めたのち、カテゴリー商材の事業ユニットリーダーとして事業運営に携わる。2017年に新規事業を創出する部門に異動し、2021年Business Creationカンパニービジネス戦略部長に着任。
日本特殊陶業株式会社HP
https://www.ngkntk.co.jp/
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https://ngkntkventure.com/