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2022.11.18

人や社会を変える“仕掛け”がCXを進化させる 〜企業に備えたい仕掛学の見方・考え方

戦略、デジタル、オペレーション、テクノロジーをカバーする総合コンサルティングファームのベイカレント・コンサルティングは、2022年9月に『感動CX』という書籍を上梓した。あえて端的にまとめるなら、「顧客起点でビジネスを考え、顧客の期待を超えて、顧客の心が動く体験を提供し、顧客を巻き込んだ価値共創を始めよう」という提言本だ。

その著書のなかで対談したひとりが、大阪大学大学院経済学研究科教授の松村真宏である。本稿では共著者の高木翔平が大阪大学を訪ね、松村と行った「対談第二ラウンド」の模様をお届けする。


松村教授の成功事例と失敗事例から学べることとは


高木翔平(以下、高木):まずは、『Forbes JAPAN』の読者に向けて、松村教授が提唱されている「仕掛学」の概要をあらためて教えてください。

松村真宏(以下、松村):簡潔に言うと、行動変容を促すのが仕掛けです。「新たに環境や状況を操作したり、行動の文脈を変えたりすること」で、結果として行動を変えていきます。行動を変えるといっても、「罰や法律などのルールによって強制力を行使する」「知識や技能を教育することによって考え方やマインドを変える」「インセンティブを操作して誘導する」といったものではありません。行動変容に対するアプローチの方向性として強制でも教育でも報酬でもなく、あくまでも自由意志を大切にしているのが仕掛けです。そうした仕掛けについて、私は大阪大学の大学院で「仕掛学」として研究しています。



高木:ありがとうございます。松村教授が2005年から仕掛学の研究を始められて以来、ご自身が手がけてこられたなかでも特に印象に残っているのはどのような仕掛けでしょうか。

松村:もっとも印象深いものをひとつ挙げるとするなら、16年の「勇気の口」ですね。映画『ローマの休日』の真実の口をアレンジした仕掛けで、口を開いたライオン型のアルコール消毒液ホルダーを動物園内に設置するというものです。

高木:そのライオンの周囲には、何か説明書きのようなものが添えられていたりするのでしょうか。

松村:いえ、説明は何もしていません。ただ、口を開けたライオンの頭部模型を設置し、その下に「勇気の口」と手書きした紙が貼ってあるだけです。私たちは少し離れたところからモニタリングしていたのですが、「手を入れると噛まれるかもしれない。それでも気になるから試してみたい」という「挑戦の心理的トリガー」を引き起こし、とてもいいリアクションを観察することができました。

高木:そこで先生はどのような印象や気づきを得たのでしょうか。

松村:「私たちは仕掛けを用いることで、単なる消毒や手洗い行動とは異なる体験を提供しているんだな」ということです。「すごく楽しみながらやっている」というのが、仕掛けの真骨頂ではないかと思うんですよね。

高木:感染予防へのマナーや義務という文脈ではなく、「楽しい体験」として手指消毒をリ・デザインしているのがポイントなんですね。先生は「仕掛け」がもつべき3つの条件として、「FAD要件」を定義されています。この「勇気の口」も、やはり要件のすべてを満たしているのでしょうか。

松村:もちろん、そうです。「FAD要件」とは、「Fairness(公平性)」「Attractiveness(誘引性)」「Duality of purpose(目的の二重性)」という3つの要件を指しています。「勇気の口」も仕掛けられた側に不利益があったり、仕掛けの意図を知っても不快になったりしない点で「公平性」を満たし、強要せずに行動を誘うことができている点で「誘引性」も満たしています。 

高木:あとひとつ、目的の二重性についてはどうでしょうか。

松村:仕掛けられた側は「手を入れてみたい」という動機から行動を選択し、結果的に手が消毒されて仕掛けた側の目的(=感染予防対策)が達成されている点で「目的の二重性」を満たしています。私は、仕掛けにおいては「目的の二重性」が大変に重要であり、肝だと考えています。

高木:仕掛けの面白さはまさにそこにあると私も感じています。仕掛けによって自発的な行動を行った結果として、意図せずとも他者の問題が解決されていくという……。

松村:そうです。何か問題を解決したいときに、直接的にお願いするのではなく、その人の興味と行動を結びつけて結果的に問題を解決していくのが仕掛けです。仕掛けのキーワードは「好奇心」や「遊び心」であり、そのあたりをくすぐることができるものが、いい仕掛けだと言えるでしょう。

高木:CXを考えるうえでは、ベネフィットだけでなくコストへの着眼も重要です。ここで言うコストには、金銭以外に時間や労力、心理的な負担も含まれます。ライオンの口に手を入れるという行為は、単純に捉えると時間的にも労力的にも心理的にも負担であるはずなのに、体験全体としては、むしろベネフィットを高めることにつながっていると……。これは、CXを設計している人にとって、新たな気づきになることではないでしょうか。

この例は気づきも得られた成功事例だったと思いますが、逆に「これは苦戦した、失敗したかな」といった事例はあったでしょうか。



松村:仕掛ける対象として、大阪のおばちゃんはハードルが高いですね(笑)。大阪大学の学生たちに普段の悩みを紙に書いてもらってカプセルに入れ、それをガチャガチャにして商店街に設置したことがあります。大阪大学の近くにある商店街です。おばちゃんがガチャガチャを引いたら、その場でおばちゃんの考えを書き込んでもらって掲示することで、学生のお悩み相談に乗ってもらうという仕掛けでした。

高木:それもまた、おもしろい仕掛けで人気を集めそうですね。

松村:しかし、まったくだめだったのです。大阪のおばちゃんは、そもそもガチャガチャを回してくれませんでした。その要因としては、大きくふたつが挙げられるでしょう。ひとつは、「ガチャガチャは子どもが回すもの」という強い固定観念が彼らにあるからだと思います。もうひとつは、そのガチャガチャを「無料でできるもの」として設計したことです。普段から商店街で百戦錬磨の経験を積み重ねているおばちゃんは、タダで回せるガチャガチャに価値を見出さなかったということでしょう。

高木:まさに顧客理解そのものですね。しかし、松村教授でも仕掛けで外してしまうことがあるとは……。

松村:それは、あります(笑)。そして、私は仕掛けにおいて失敗を恐れていません。私とゼミ生の間でおもしろい仕掛けについて意見が分かれることはしばしばですし、それは実際に検証してみないとわからない部分です。また、たとえ失敗したとしてもプラスになるのが仕掛けだったりするのです。 

高木:それは、どういうことでしょうか。

松村:失敗もネタになるということです。社会課題の解決を目指した仕掛けが失敗した場合でも、逆にそのこと自体が話題になり、人々に課題があることを広く周知させる結果につながったりします。企業において、失敗を許容する文化を育むことは難しいと思います。しかし、仕掛けにおいては失敗のなかにこそ発見があります。想定どおりのことが起こった場合、そこに新しい発見はありません。失敗には価値があるのです。むしろ、私は最初の数回は失敗したほうがいいと思っているくらいです。

高木:優れたCXには仕掛けやその考え方が含まれているように感じます。これから仕掛けを考えていこうとする企業の担当者にとって、いまの松村教授のお言葉は大変な救いになりますね。失敗を恐れていると、仕掛けのアイデアが縮こまってしまうこともあると思いますから。

松村:そもそも、全員が同時にはまる、万人受けする仕掛けを考えるのは難しいことだと考えています。「勇気の口」においても、まずは勇気のあるお子さんが手を入れてみることでひとつの家族が盛り上がり、それを周囲で観ていた別の家族が次に試してみるといった流れが生まれます。一気にではなく徐々に、少しずつ、雪だるま式に状況が変わっていけばいいのです。

実際に仕掛けを実践するときに必要な考え方と態度とは


高木:そもそも、松村教授がご自身の研究を「仕掛学」とネーミングされたのは、どのような想いや経緯があってのことでしょうか。

松村:最初、私たちの研究に「仕掛学」という名前を付けようとしたとき、研究者仲間からは反対されました。基本的に学術用語は意味が特定できないといけません。それに対して、「仕掛け」という言葉はあまりにも一般的ですし、意味が特定できないからです。しかし、私は一般の人々に興味をもっていただき、広く使っていただく言葉になってほしいと考えていましたので、「仕掛学」でいくと決めました。誰もが自分ごととして捉えてもらえるような名前にしたかったのです。

高木:私たちが「仕掛け」や「仕掛学」を自分ごとにして生かしていくためには、どういったところに気をつけていけばいいのでしょうか。

松村:まずは身近な課題に気づき、仕掛けを施していくことから始めるのがいいのではないかと思います。例えば、家庭内・学校内・職場内に遅刻の常習者がいるとしたら……。よくありがちなのが、「目覚まし時計をふたつにしろ!」など、いわゆる正論で片付けてしまうことです。この世の中には、正論をぶつけて自らが満足し、それで解決した気になっている事例が何と多いことかと思います。

高木:正論は、仕掛けとは真逆の考え方ですよね。正論で解決しているのなら、もうとっくにその課題はなくなっているはずです。正論が仕掛けの発想を閉じてしまう要素になるということですね。仕事柄、論理偏重にならぬよう私も気を付けます(笑)。

松村:この世界は、正論を脱することで成果を挙げている事例に溢れています。例えば、オランダを流れる運河のゴミをどうするかという課題があります。従来の正論だと清掃業者にお金を払ってきれいにしてもらうというチョイスになります。しかし、仕掛けの観点を取り入れるなら、その街が大好きで訪れる観光客に掃除をしてもらうというチョイスになるのです。実際に、「運河のゴミが拾える」という観光プランが大人気になりました。お金を払って自ら船に乗り込み、運河の掃除をするというツアーです。

高木:ゴミというマイナスの要素でさえもプラスに変えていける。「発想の転換」こそが課題解決にあたっての決め手になるという見本のような事例ですね。

松村:そうですね。仕掛けの根底には「発想の転換」が必要となります。普通に生きていると、周囲からは正論しか言われないし、自分も正論しか言わなくなっていきます。安易に「正しい」に頼るのではなく、「おもしろい」を思考し、大事にしていくことが必要だと思います。

高木:確かに、そう考えていくと、何でもおもしろがる文化を大切にしている大阪の地で「仕掛学」が生まれたのは必然だったのかもしれませんね。

松村:仕掛けをおもしろがるという意味では、大阪人にはやはり天賦の才があると思います。昨年には「『勇気の口』の仕掛けをウチでもやっていいですか」という連絡が阪神タイガースの事業本部からありました。タイガースのマスコットキャラクターのモニュメントを球場に設置し、その口に手を入れるとアルコールが噴射されて手指消毒できるという仕掛けです。洒落ているのは、そのモニュメントに添えられている言葉でした。「本当の阪神ファンならアルコールが出ます」と書いてあったのです。動物園に設置した「勇気の口」とは違って先にネタバラシをしているわけですが、その方が球場では盛り上がれますよね。

高木:コロナ禍において手指消毒には義務やマナーといった社会的側面もあり、笑顔で「シュッ!」としている人など想像し難かったと思います。それが、みんなが笑顔でできるなんて、まさに仕掛けの真価が発揮された事例だと思います。

松村:実は、日本も仕掛けの宝庫なんですよ。先ほどお話したオランダと同様の事例が、日本にもあります。豪雪地域では雪かきをしなければなりませんが、高齢者の割合が多くなったエリアでは、それがままならなくなっています。しかし、都会の人からしてみれば、雪かきも体験してみたいイベントになり得ます。雪かきをして、終わったらみんなで郷土料理を囲むというツアーが人気になっているのです。その地域だけで課題を見つめていると、いつまで経っても課題のままです。ところが、視野を広げてみると、地域課題が地域資源に変わることだってあるのです。

高木:少子高齢化など閉塞感に包まれている日本の未来を変えていくことも仕掛けを使えばできるのではないかと、明るい光が見えたような気がします。

松村:この世の中は「順当に考えていくと行き詰まる問題」で溢れ返っているわけですからね。楽観的でいる。明るく、楽しく、ひねくれてみる。そういったことが大事なのかもしれません(笑)。私自身は、何か特別に柔軟な発想を得るメソッドなど、魔法の杖のようなものをもっているわけではありません。ただ、仕掛けを考えることにおいては、かなり楽観的です。

高木:正論というものは、悲観的な捉え方の末路である場合も多いような気がします。先ほどの遅刻という課題で言うなら、「君は目覚まし時計ふたつの大きなアラーム音がないと起きられない人間だ!」と悲観的な烙印を押しているのが正論なわけですから。悲観的な正論ではなく、楽観的な仕掛けを提案しない限り、課題は解決していかないと感じています。そもそも、人間と人間のコミュニケーションのあり方として考えてみても、楽観的な仕掛けの方が効くのは目に見えていますよね。「楽観的であれ!」というのは、非常に腹落ち感のあるご提言だと感じました。

最後に『Forbes JAPAN』の読者の皆さんに、何か明るいメッセージをお願いします(笑)。

松村:16年に『仕掛学』という本を出して以降、ありがたいことにいろいろな問い合わせをいただくようになりました。現在は、世の中に「仕掛学」のプレーヤーを増やしていくことが私自身の課題だと考えています。みんなで失敗を恐れず、楽観的に考えて、「させる」のではなく、「そそる」仕掛けを考えていきましょう。その先には、明るい未来が待っていると私は信じています。



ベイカレント・コンサルティング
https://www.baycurrent.co.jp


松村真宏◎大阪大学大学院経済学研究科教授。戦略的に人の行動を変える日本発のフレームワーク「仕掛学」の創始者。1998年大阪大学基礎工学部システム工学科卒業。2003年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了、博士(工学)。04年大阪大学大学院経済研究科講師。12~13年スタンフォード大学客員研究員。17年から現職。

高木翔平◎ベイカレント・インスティテュート所属。消費財・小売・エネルギーなどの業界を中心に、全社/事業戦略、マーケティング・ブランド戦略、DX戦略策定・推進などに従事している。著書に『感動CX(共著)』があり、ベイカレントの論考・レポート「Insights」の編集長でもある。
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Promoted by ベイカレント・コンサルティング / text by Kiyoto Kuniryo / photographs by Shuji Goto / edit by Akio Takashiro

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