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2021.12.25 11:00

マーケットデザインは人々をどれだけ幸せにできるか マッチング理論がもたらすミスマッチのない世界

左:東京大学大学院経済学研究科教授 小島武仁 右:ベイカレント・ コンサルティング デジタル・イノベーション・ラボチーフエバンジェリスト 八木典裕

マッチング理論を社会実装していくことで、ミスマッチのない公正公平なサービスを実現し、“真の顧客体験(CX)”を提供できるのか。ベイカレント・コンサルティングの八木典裕が東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長の小島武仁と語り合った。


ベイカレント・コンサルティングは、“真の顧客体験(CX)”とは、顧客の期待を超えることであると主張する。そのための方法論として注目されるのが「マッチング理論」だ。ベイカレント・コンサルティングチーフエバンジェリストの八木典裕が、同理論の第一人者である、東京大学大学院経済学研究科教授で同大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長の小島武仁にその可能性について聞いた。

良質なデータをどう出していくかが問題


八木典裕(以下、八木):マッチング理論で“人と人”や“人とモノ・サービス”を適材適所に引き合わせるために、小島先生は良質なデータをいかに取得できるかが重要だとおっしゃっています。つまりアルゴリズムとデータの組み合わせがカギになるわけですが、世の中の問題のなかにはデータをオープンにするだけでも解決できるものもあるのではないでしょうか。

小島武仁(以下、小島):情報をたくさん公開すれば、必ずしもよくなるというわけではないので、データをどう出していくかは難しい問題です。マッチングアプリはわかりやすい例で、参加者によって選択する際の優先順位が違うので、情報をオープンにしてしまうとマッチングが成立しにくくなるような弊害も生まれてしまいます。

重要なのは、参加する人が安心して情報を出せるようにすることです。そのためには、仕組みの透明性が重要なポイントとなります。アルゴリズムの仕組みも重要ですが、それを周知し、信頼を得ることも必要でしょうね。

八木:アルゴリズムの中身まで公開することはできませんが、マッチングした理由をオープンにできれば公正公平な仕組みづくりに役立つのではないでしょうか。

小島:現在、ある企業で人事異動のマッチングに取り組んでいますが、その必要性は議論になっていますね。新卒社員の配属をマッチングした際は、部署側と社員側双方の希望を取得することができ、精度の高いマッチング結果となりました。しかし、今後全社員に広げて数千人規模の配属先をマッチングさせようとすると、考えるべき情報があり過ぎて参加者の負担が増す危険性があるので、注意して設計する必要があります。

八木:マッチング精度を上げるために、希望順だけでなく、行きたくない部署(NGの部署)も聞くのは効果的でしょうか。

小島:理想論としてはよいと思いますが、本来の趣旨とは違った使い方をする人が出てくる可能性も考えなければなりません。NGの希望を聞いてしまうと、より高望みをする人が現れるもので、第1希望に行きやすくするために、本当は第2希望なのにNGとうそをつく人が出てきます。仕組みをつくると抜け道はありえるものなので、悪用されないよう考慮していくことが重要です。

帰宅難民の混乱はどう改善できるか


八木:就職や部署異動をする時点では、会社や部署とマッチしていたとしても、その人が経験を積んだり、ライフステージが変わったりすることで、合わなくなることもあると思います。そのため、マッチング度合いを継続的にモニタリングしていくことも必要なのではないでしょうか。

小島:これは重要なイシューです。現在使われている仕組みでは、長期を見据えることは難しいため、解決していくためのデータを取ることが重要です。

また、経済学での「バンディット問題」というものも影響します。スロットがあって、右のレバーを引くと必ず1円がもらえ、左のレバーはランダムな額がもらえるとします。0円かもしれないし、2円かもしれないが、その確率はわからない。そうしたなかで、どちらを選択するのが最適かを考える問題なのですが、結論としては若いうちはリスクを取って挑戦することが大事なのです。リスキーな選択であっても、自身のキャリアアップを考慮すると挑戦すべきであって、人事のアルゴリズムにどう取り入れていくかは今後の課題だと思います。

八木:積極的にチャレンジさせる人事を行い、継続的にモニタリングすることが必要ですね。仮にチャレンジがうまくいかなかった場合は、再度マッチングし直せばよい。チャレンジし続けるサイクルをつくり出すことが重要なのだと思います。

次に、小島先生にぜひお聞きしたいことなのですが、マーケットデザインを社会実装する際に、世の中に支配的にアルゴリズムを発動させるべき場面も考慮するべきではないかと思っています。例えば先日、首都圏で発生した地震の際には、駅前に帰宅難民があふれ、タクシー乗り場に長い行列ができました。こういう状態に陥ると人々の無駄な労力が大量発生しますので、中央集権的にコントロールして、アルゴリズムに従ってタクシーを分配したほうが社会の効率化につながるのではないでしょうか。

小島:難しい問題です。支配的アルゴリズムはプラットフォームを通じて発動されることになりますが、プラットフォーマーには彼らなりのインセンティブがあるので、任せていいのかという課題に直面します。また、監視社会のようになることへの反発も想定されます。

八木:監視を強いるようだと日本人は拒絶しますので、緊急時に限っては政府や自治体が支配的にコントロールするような仕組みをつくれるといいかもしれません。例えば救急車が通るときは、誰しも道を開けるわけですから、そういう文化からつくっていけば実現できるかもしれませんね。

小島:おっしゃる通りで、どういうときに発動するかという基準を設けるべきです。いわゆる経済学で言うところの「エクスターナリティ(外部性)」。つまり、自分が取った行動が他人にどう影響を与えるかという基準から考えるべきなのです。外部性がないときは自由にさせてよいですが、外部性がある場合は政府や自治体の介入が必要です。カーボンニュートラルは外部性がある一例で、地球環境に多大な影響を与えているので、政府の介入が必要と言えます。社会全体の利益と個人の取りたい行動に乖離があるときには、パターナリズム(強い立場にある者が、弱い立場にある者の利益のためだとして、本人の意志を問わずに介入・干渉・支援すること)的なことも検討するべきです。

八木:最後にお聞きしたいのですが、人々を幸せにするために、小島先生はマッチング理論でどのような社会実装をしていきたいと思われますか?

小島:適材適所に人を配置することは継続的にやっていきたいですね。そのほかには、フードバンクによる食品ロス問題や、CO2排出量問題などの社会課題にもかかわっていければと思っています。

ベイカレント・コンサルティング
https://www.baycurrent.co.jp



小島武仁
◎東京大学大学院経済学研究科教授。東京大学マーケットデザインセンター(UTMD)センター長。2003年東京大学卒業(経済学部総代)。イェール大学博士研究員、スタンフォード大学教授などを経て20年より現職。21年度日本経済学会・中原賞を受賞。


八木典裕◎ベイカレント・コンサルティングデジタル・イノベーション・ラボチーフエバンジェリスト。DX戦略立案、デジタル人材育成など、デジタル関連の多数のプロジェクトを主導。著書に『DXの真髄に迫る』(共著、東洋経済新報社)などがある。


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