「棺桶を組み立てるという非日常」の描写、『棺桶の手引き』
最後に、普段はたどりつかないであろう商品のレビュー文学を紹介したい。棺桶だ。
「アマゾンには、棺桶まで売っているのか」と、初めて知った方もいるかもしれない。『棺 平棺 折りたたみ式 布団付 直葬 家族葬 適』に投稿されているのは、そのような人々にもうってつけの、棺桶の手引きとでもいえるような作品である。
『棺 平棺 折りたたみ式 布団付 直葬 家族葬 適』には26ものカスタマーレビューが投稿されている
『家族少なく(全員無宗教)長く特養へ入っていて友達付き合いもないのでひっそりDIY葬に使いました。母が危なかったので早めに購入していました。(自分が入っても良いと思っていましたが・・・)
組み立ては簡単。上下の板だけ挿入します。ピッタリの作りで硬いのでゴムハンマーで叩きました。枕・掛け布団もついています。
(中略)
品質と関係ありませんがコロナで死ぬちょっと前まで母に会いに行けなかったのが申し訳なかったです。(中略)15分の制限時間が有ったので帰ってきましたがその直後に息を引き取ったと連絡有りました。安らかに逝ってくれてよかった。もっと親孝行しておけば良かった。』
前半は購入理由と商品の使用方法など、真っ当なレビューが記載されている。しかしながら、「自分が入っても良いと思っていましたが」との表現から醸し出される底知れない濁りは紛れもなく文学のそれであるし、そもそも棺桶を組み立てるという非日常の描写自体、極めて文学的な題材だ。コロナ禍で亡くなった母への想いが語られる後半も含め、レビューと文学をバランス良く両立させた作品といえる。
一期一会が基本のアマゾンレビュー文学、刹那性も「ならでは」の感傷
個人の人生と何らかの物事が交差する地点に文学は誕生する(と、僭越ながら筆者は思う)。アマゾンレビュー文学の場合、物事は商品に限られるが、しかし棺桶の例からもわかるとおり、アマゾンで取り扱われる商品は多種多様だ。そのぶん、レビュー文学も多岐にわたる。それは作者にとって書く楽しみに繋がり、同時に私たちが探し当て、読む楽しみに繋がるのだ。
本稿を執筆させていただくにあたり、是が非でも紹介したいレビューがあった。三年ほど前に一度見かけただけなのだが、妙に記憶に残っていたからだ。ところが今回探してみると、どうしても見つけられなかった。レビューだけでなく、商品ページそのものが削除されてしまったようなのだ。
一期一会が基本のアマゾンレビュー文学では、このようなことが往々にして起こる。少し名残惜しいが、この刹那性も紙の本や電子書籍では味わえない感傷だと割り切るべきなのだろう。少なくとも筆者の頭には強く刻みつけられている。
これを読んで下さった方々も、多種多様な商品の海に乗り出し、記録よりも記憶に残るレビュー文学を発見していただければ幸いだ。
松尾優人◎2012年より金融企業勤務。現在はライターとして、書評などを中心に執筆している。