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2022.10.08

「その新型風邪は人為的ウイルスじゃないか?」 生物兵器は貧者の核兵器

手嶋龍一氏(右)・佐藤優氏

発売中のForbes JAPANで小説「チャイナ・トリガー」を連載中の手嶋龍一氏は、かつてNHKワシントン支局長として9・11同時多発テロに遭遇し、11日間の連続中継を担当したことでも知られる外交ジャーナリストだ。その手嶋氏と、元外務省国際情報局主任分析官で世界の諜報システムに詳しい佐藤優氏の対談を以下掲載する(3部構成、今回は最終回)。

なお、手嶋氏は7月にインテリジェンス小説『武漢コンフィデンシャル』、佐藤氏は9月に"危機の時代を生き抜くためのブックガイド"『危機の読書』を上梓している。


生物化学兵器は「貧者の核兵器」


佐藤優氏(以下、佐藤):
『武漢コンフィデンシャル』のテーマである生物化学兵器の研究、開発、そしてアメリカと中国の密やかな繋がりを現下のウクライナ情勢に重ね合わせながら読んでいました。

手嶋龍一氏(以下、手嶋):ウクライナや中国、アメリカに限らず生物化学兵器には、転用可能なバイオテクノロジーの漏洩の危険が常に付きまとっています。だからといって、バイオテクノロジーの研究、とりわけ遺伝子の機能獲得といった研究をやめてしまっていいのか。そうなれば、新たなウイルスの出現に対して人類はまことに無防備になってしまいます。

佐藤:生物化学兵器の開発には核兵器ほどお金がかからない。テロ集団が生物化学兵器を手にしたらどうなるのか。喫緊に対策しなければならない課題です。

手嶋:生物化学兵器は「貧者の核兵器」と呼ばれていますからね。

佐藤:オウム真理教のような集団が生物化学兵器を持ったらどうなるのか。それに対抗する研究が必要になる。しかし今回の新型コロナ・ウイルスの感染拡大で、日本のバイオテクノロジー分野の遅れが露わになりました。欧米そして中ロにも後塵を拝して、ワクチンを彼らの言い値で買わされることになりました。

手嶋:日本は、医療先進国と言われながら新型コロナ・ウイルスに対して、有効なワクチンをいち早く開発することがかなわなかった。

それは、戦後の日本が、生物化学兵器の研究から縁を切ってしまったことと決して無縁ではありません。生物化学兵器の開発戦争から取り残されただけでなく、その防護対策からも劣後してしまった。じつは、戦前、戦後を通じて、日本ほど生物化学兵器と深い関りを持っていた国もありません。旧満州の地では731部隊が開発した生物化学兵器を実際に使用し、オウム真理教の事件では化学兵器の被害者となったのですから。

「オレたちが最初に調べるのは、新しい中国風邪が人為的なウイルスか、自然発生のウイルスかだ」


佐藤:モスクワにいた時期、ロシアの軍医たちとインフルエンザの話題になりました。ちなみにインフルエンザはロシア語で中国風邪。"キタイスキー・グリップ"です。私が「今年の中国風邪は新型だけど、だいぶタチが悪いのか」と聞くとこう言うんです。

「中国風邪は毎年新型で、タイプが違う。だから流行するんだ。オレたちが最初に調べるのが、新しい中国風邪が人為的なウイルスか、自然発生のウイルスかだ」
 
その話を聞いてゾッとしました。彼らは2005年に鳥インフルエンザが中国や東南アジアで発生したときも、当初ロシアは中国の生物兵器なのではないかと疑っていた。日本ではそういう議論はまったくありません。生物化学兵器に対する危機意識が欠如しているんですよ。

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佐藤優

手嶋 :実に興味深い話ですね。確かに新型コロナが発生するまで危機感は皆無でしたね。

佐藤:ロシアのウクライナ侵攻にしてもそう。もともとウクライナは日本にはなじみが薄い国だった。当初、ウクライナとウルグアイの違いも分からなかった人もいたほどです。にもかかわらず、各メディアがウクライナ寄りの報道をはじめると、国民の大多数が、無批判にウクライナに肩入れし、ロシアを敵視するようになった。インテリジェンス感覚や危機意識の欠如は、そうしたところにもあらわれてしまう。

佐藤:当初日本のメディアや専門家は、アメリカのバイデン政権のインテリジェンスを高く評価したでしょう。ロシアの侵攻を予測したアメリカのインテリジェンスはじつに正確だと。ロシアの侵攻を見事に予見していたと称賛しました。その結果、多くの国民もそれを信じた。しかし私は逆だと思ったんですよ。侵攻の抑止が目的だとしたら、アメリカは大きなミスを犯したと。その点で、手嶋さんは全くの少数派でしたね。アメリカのインテリジェンスについてきわめて辛口の論評を書いていました。
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