佐藤:ソ連時代のウクライナでは、バンデラは「ナチスの協力者」「テロリスト」と嫌悪されました。しかし、ウクライナ民族主義が台頭するにつれ、「独立の英雄」として再評価されています。
こうした"バンデラ主義者"をプーチンは"ウクライナのネオナチ"と呼び、ウクライナ侵攻に踏み切りました。この戦いが長引いて半年以上に及んだ結果、ロシアはウクライナのハリコフ州の3分の1、ザポリージャ州とヘルソン州の大部分を支配した。もともルハンスク州とドネツク州の住民の擁護と、非軍事化を目指していたロシアでしたが、地政学的な状況の変化にともなって目標を変更したように思います。ドネツク州、ハリコフ州、ザポリージャ州、ヘルソン州、オデーサ州をつなぐとウクライナの海岸線をすべて支配できる。ロシアはそこをゴールにしているのではないかという気がします。
そこで注意すべきは、11月に行われるアメリカの中間選挙です。いままでのようにアメリカは金銭的にウクライナを支えられるのか、という問題が争点になるかもしれません。
手嶋:バイデン政権は、すでに日本円にして1兆6000億円規模の戦費をウクライナの戦いに投じています。その一方で、アメリカという国には、陸海空の各軍が軍需産業と堅牢な結びつきが持っています。ウクライナへの軍事支援で"軍産複合体"は現に潤っています。つまり戦争の継続を望む人たちがいることも事実なのです。
手嶋龍一
佐藤:本来は、できるだけ早い段階で停戦すべきなのですが、いま指摘されたアメリカの状況を見る限り、停戦に向けた流れは簡単にできそうにありませんね。
手嶋:外交交渉の現場を数多くみてきた外交記者として言うなら、停戦のキーワードは"中立"です。ゼレンスキー政権の側に立てば、いまもNATOには加盟していないのですから"中立"と言えます。プーチン政権の狙いも、ウクライナをNATOに加盟させずに、ロシアの属国とすることでしょう。即時に停戦に持ち込むには、ウクライナ、ロシア双方の思惑がわずかに交錯する"中立"というカードで妥協点を見出す他ありません。
佐藤:7月のイスタンブール合意次第ではその可能性もありましたが、実現しなかった。
中立という観点で言えば、次のようなシナリオも考えられる。ロシアが支配しつつあるウクライナ東側のハリコフ州、ザポリージャ州、ヘルソン州あたりは、歴史的にノヴォロシア(新ロシア)と呼ばれた地域です。そしてロシアの支配を免れているキエフなどが、かつてのマラロシア(小ロシア)。もしもノヴォロシアをロシアが併合してしまったら、マラロシアは中立国として独立する。さらにかねてポーランドとの結びつきが非常に強いウクライナ南西部のガリッツィア地方が西側の一員になる。