ウクライナ戦争終結後、兵器は闇市場に? インテリジェンスは世界をどう見るか

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発売中のForbes JAPANで小説「チャイナ・トリガー」を連載中の手嶋龍一氏は、かつてNHKワシントン支局長として9・11同時多発テロに遭遇し、11日間の連続中継を担当したことでも知られる外交ジャーナリストだ。そして佐藤優氏は元外務省国際情報局主任分析官で、世界の、とりわけソ連(現ロシア)関連の諜報システムに詳しいことで知られ、「外務省のラスプーチン」とも呼ばれた。

7月にインテリジェンス小説『武漢コンフィデンシャル』を上梓した手嶋氏と、9月に『危機の読書』を上梓したばかりの佐藤氏の対談を以下掲載する。情報化が進む今日にこそ磨きたい“インテリジェンス感覚”とは何か(3部構成、今回は第2回)。


国家を水平だけでなく「垂直」でも捉えたい


手嶋龍一氏(以下、手嶋):
僕が『武漢コンフィデンシャル』の筆を執るに際して心したのは、国家という存在を平面で捉えるのではなく、立体で把握して書くということでした。

中国という国家の奥深さは、単に地図を見ただけでは伝わってきません。ゴールデン・トライアングルと呼ばれる一帯は、中国・雲南省の国境とミャンマー、タイの国境とが複雑に入り組んだ高原・山岳地帯です。北京や上海、武漢に暮らす漢民族とは、食も暮らしの文化もまったく異なります。いわば"水平"の叙述ではなく、"垂直"にも表現したかったのです。

佐藤優氏(以下、佐藤):そのあたりの描写にも感心させられました。

インテリジェンスの世界で使われる言葉があるんです。プレハーノフというロシアのマルクス主義者が『マルクス主義の根本問題』で、地政学について次のように語っています。

「海と川は人々を近付け、山は人々を遠ざける」と。まさに雲南省は山によって、人々は中央の政治権力から遠ざけられている。強大な中華人民共和国といえども実効支配が及ばないエリアがあるとみるべきでしょう。

しかも山岳地帯のシーンが丁寧な取材に裏打ちされている。私たちは雲南省の料理と言えば、キノコが入った辛い鍋くらいしかイメージできない。でも、ふたりの主人公が食べる雲南料理はどれも本当においしそうでした。“よい食べ物を知ることは、よいインテリジェンスを掴む最良の手段だ”と私は考えているんですよ。

手嶋:まさにインテリジェンスと知の最前線に身を置く佐藤ラスプーチンならではの含蓄のある言葉ですね。

なぜゴールデン・トライアングルで麻薬を生産し続けられるのか。中国政府やミャンマーの軍事政権の支配が及んでいないからです。格言通り、山は人々を遠ざける、これが山の現実なんですね。

佐藤:ゴールデン・トライアングルに流れ込んでくるのが、旧国民党の残党、紅衛兵のはぐれ者、そして中国マフィア。ここにもリアリティを感じました。

手嶋:文化大革命で中国共産党の幹部、知識人、学生に、辺境の農民の暮らしと仕事を体験させて、大衆と連携させるために大がかりな"下放"が行われました。その果てに南の農村に住み着いた人もいれば、酷寒の北に定着した人もいた。中国共産党が掲げた思想に深く絶望してアウトローになった人たちを描きたかったのです。

佐藤:なるほど。マイケルとスティーブンというふたりの主人公がゴールデン・トライアングルで遭遇する人々は、日本の全共闘運動に絶望してアングラの世界に足を踏み入れたり、総会屋に転身したりした人たちを彷彿させますね。

手嶋:全学連主流派の委員長をつとめた唐牛健太郎という人がいます。ぼくと同じ北海道の出身ということもあり、晩年交流がありました。彼もまさに政治運動に深く絶望した人でした。新左翼の運動に挫折したあと、彼はオホーツク岸の漁村に住み、オロチョン族という北方少数民族の漁船に乗り込みました。あの安保闘争についてマイクを向けたジャーナリストにひとこと「しゃらくせえ」と呟いた姿が鮮烈です。彼と同じように、政治に背を向けてゴールデン・トライアングルに居残った人々がいたのです。

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手嶋龍一氏
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