「何になりたい」から「どうありたいか」へ。新しい時代、自分らしい新しい成功の形を模索する人たちと、東西の有識者たちに取材した本特集号から、世界の多くの人に「音」のあり方を問うアーティスト、クリスティン・スン・キムの記事を掲載する。
取材の冒頭、言っておきたいことがあると言われて、緊張が走った。「取材を受ける国によっては、私がいかにろう(聾)を乗り越えて、闘ってきたかにフォーカスされることがあるけど、私はそれは望んでいない。『私自身であること』を読者に見せてほしい。ろう者であることだけにスポットライトを当てられるのは違和感がある。確かにそれが私のアイデンティティや経験をかたちづくってきたけれど、まずは『私』であることが大事なの」。
ろう者のサウンドアーティスト──。音のコンセプトを多彩なアプローチで表現する彼女の作品は、ニューヨークのMoMAでの初展示を皮切りに世界中で発表され、多くの人に「音」のあり方を問うてきた。米ニューヨーク・タイムズ紙に特集記事が組まれ、2020年には米最大級のエンタメイベント、スーパーボウルで国歌を手話で「斉唱」した著名アーティストだ。それでもろう者として特別視されたくないという真摯なリクエストだった。
取材は、手話通訳を入れてZoomを通して行われた。最初のピリピリとした緊張感は、ユーモアを交えた彼女の手話と、それを的確に伝える通訳者のベス・シュテーレの明るい声ですぐに和らいだ。
私は誰よりも音を知っている
キムは、韓国系移民の両親のもと、妹とカリフォルニア州南部で生まれ育った。姉妹は生まれつき聴覚を持たなかった。小さなころからアートは好きだったが、プロになれると思っていなかった。「いろいろ仕事を試したけど、うまくできなかった。アートで生活ができるようになって幸運だったわ」。
工科大学を卒業後、ニューヨークの大学院でビジュアルアートを専攻。その後、旅先のベルリンでたまたま行った展示会に衝撃を受けた。「サウンドアートが流行していて、展示はすべて音のアート。ビジュアルアートはない。自分もやってみたいと思った。当時の彼に言ったら、『そんなばかげた話は初めて聞いた』って。その強い反応を見て自分は間違っていないと確信した。聞いたことがなくても、私は音を誰よりもよく知っている」。