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2022.09.24 17:00

自らの声を表現し続ける、ろうのアーティスト


彼女の代表作のひとつ、「Stacking Traumas」は、美術館の高さ7mを超える壁とカーブした天井に描かれた巨大ミューラルだ。2連の音符のような、横から見たテーブルのラインが積み重なっていてる。

テーブルは3層に積み重なり、最初の層にはDinner Table Syndrome(ディナーテーブル症候群)、次はHearing People Anxiety(健聴者の不安)、最後にAlexander Graham Bell(ベル:世界初の実用電話の開発者)の単語が添えられている。ろう者が食卓で会話についていけずに感じる疎外感、健聴者とのコミュニケーションのストレス、そして、手話に反対し読唇術や健聴者と同じ発声を強いた、ベルの教育法のトラウマ──が覆いかぶさるように重なり、不安な音楽を奏でているようだ。

音中心の現代社会で、ろう者でいることは「まるで外国で暮らしているようだ」と話す。音には力がある。でも自分はその社会に通用する力にアクセスできない。サウンドアートの世界は耳の聞こえる白人男性ばかりの世界だった。「ろう者のアジア人にとっていちばんタフな道を選んだ。学ぶために新しい場所に自分を置くことにしたの」。彼女の作品は「音」というテーマをもつことで、人々に強い反応を引き起こし、話題を呼んだ。

音が鳴ると、世界が反応する。人々は笑ったり、怒ったり、注目して耳を澄ましたり。その反応を彼女は敏感に感じ取る。健聴者とは異なる形で、音を「聞く」彼女の作品は、存在や声を無視されてきた、ろう者の体験を記録し、人々に呼びかけ続ける。

「アーティスト人生を振り返ると、やりたいことを知っていたように見えるけど、そうじゃない。失敗もたくさんした。違うと思ったら別のことを試して、自分の声を見つけてきた。大事なのは自信をもって、自分を愛すること。自分と深くつながって初めて、本当の自分を表現できるようになったの」

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クリスティン・スン・キム◎ 1980年、カリフォルニア州南部生まれ。ビジュアルアーツと音の美術修士をそれぞれ取得。音をテーマにした作品を国内外で発表。2013年と15年のTEDフェロー、MITメディアラボのフェローにもなった。

文=成相通子 衣装=すべてCHANEL

この記事は 「Forbes JAPAN No.099 2022年11月号(2022/9/24発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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