「なまり矯正」アプリはイノベーションか、標準化差別か

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アメリカ、スタンフォード大学出身の学生によって誕生したスタートアップSanasの開発が議論をよんでいる。SanasはAIの技術を使い、ユーザーの英語を「正しい発音」に戻すという。たとえばカスタマーセンターで働いている、英語を母語としない従業員がこれを使うことによって、アメリカ現地の発音になる。より聞き取りやすくなり、顧客にとっても従業員にとっても良い。自分のなまりを変えることなく、会話ができるからだ。

しかし、このアプリが実現する未来は声の「白人化」としてSFGATEを始めとする様々なメディアが批判している。便利さを追求することで白人至上主義、アメリカ至上主義に拍車をかけるのではないか。このアプリが映し出す未来は果たして天国か、地獄なのか。

起業のきっかけは友人が受けた差別


Sanasはスタンフォード大学で知り合った3人によって立ち上げられた。起業のきっかけは、創業メンバーの友人が受けた差別だった。

ある時、スタンフォード大学同級生であるニカラグア出身の友人ラウルが両親をサポートするために国に帰らなくてはいけなくなった。コンピューターサイエンスが得意であったため、彼はニカラグア現地でテクノロジーサポートのコールセンターで働くことになった。しかし、彼の発音が聞き取りづらかったため、多くのクライアントから差別的な発言を浴びせられる日々が続いた。

彼はついにその仕事を自らやめることになる。これを聞いた3人は、このような差別をなくすためにどんな発音の人でも聞き取りやすくなるアプリを開発することを決める。

CEOのマクシム・セレブリャコブは、「私たちは、人々が地位や仕事を得るために、話し方を変える必要がないようにします。(中略)誰かを満足させるためにアクセントを変えるようなことは、決してあってはならないことなのです」とCNNのインタビューに答えている。

Sanasの従業員の約90%は非白人である。さらに、共同創業者の3人のルーツはアメリカではない。CEOのセレブリャコブはロシア、CFOのアンドレ・ペレ・ソデリはベネズエラ、CTOのショウ・チャンは中国出身だ。

Sanasは、シードラウンドで550万ドル(約7億6300万円、2022年8月31日時点)調達し、2022年6月にはシリーズAで3200万ドル(約44億4000万円、2022年8月31日時点)調達している。注目を浴びていた矢先、さまざまなメディアから差別的な開発だと批判されることになる。創業者3人のルーツはいずれも「非アメリカ」、開発端緒は聞き取りにくい英語の発音のために友人が受けた理不尽ともいえる差別、というSanasの技術が、「白人至上主義だ、差別的だ」と批判されるのは非常に皮肉であり、実にパラドックスともいえる。
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文=井土亜梨沙 編集=石井節子

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