ビジネス

2022.08.31 17:00

ロシア発のゲーム会社が直面した戦時中のビジネスの本当の難しさ

イゴーリ・ブフマン(左)と3歳違いの弟のドミトリ(右)

旧ソ連の崩壊から30年余り、国境を越えたビジネスでテクノロジーの進化とグローバリゼーションの恩恵を享受していたはずの起業家が、起こるはずがないと思っていた戦争で何を突きつけられたのか。

ロシアによるウクライナ侵攻は、各国の企業に大きな影響を与えている。特にウクライナ人とロシア人の従業員を抱える企業には激震が走った。企業の多国籍化が進む今日、対岸の火事では済まされない。そのとき、経営者は、従業員は、どうするべきなのか。世界的モバイルゲーム会社の奮闘と、そこから得た教訓について紹介しよう。


「始まりました」

2月24日朝、英国西ロンドンの自宅にいたイゴーリ・ブフマン(40)は、1通のテキストメッセージで目を覚ました。彼が経営するゲーム開発会社プレイリックスのウクライナの拠点で働くマネジャーからだった。メッセージにはショットガンを手にしたマネジャーの妻と、空爆を避けて地下室に避難したその娘の写真が添えられていた。

急いでテレビをつけると、どの局も侵攻のニュースでもちきりだった。

「まさか本当にこんなことになるとは」

そう話すブフマンは、ロシア生まれのビリオネアで、ロシアとウクライナに数千人の従業員を抱えている。彼が動揺している間にも、ウクライナ人スタッフは行動を起こしていた。

社内でコミュニケーションに使っているチャットツールSlack(スラック)のチャンネルは通常、自由な投稿やおかしなミーム、自社ゲームに関する最新情報などであふれているが、いまや避難と寄付に関する投稿ばかりだった。

「彼らは、我々が動くよりもはるかに素早く対応を始めました」

ブフマンが言う彼らとは、交戦地域にいる1500人の従業員のことだ。

「2、3日で収束すると思っていたのですが」

ブフマンは弟のドミトリと共に、18年前に同社を立ち上げ、「フィッシュダム」や「ガーデンスケイプ」といったゲームで成功した。2人の資産は合わせて160億ドルを超え、兄弟ともにロンドンでも由緒あるケンジントン地区に住む。

「うちは大会社ではない」とブフマンは言う。

「売り上げは好調ですが、たった2人で回しています。マネジャーはいてもゲーム開発の担当で。緊急の場合のプランBがないのです」

侵攻が始まって数時間後、兄弟はウクライナ人スタッフを有給休暇扱いとした。その後の2日間で従業員の避難を支援するホットラインを立ち上げ、その48時間後にはロシアにいる1500人を含む4000人の従業員全員に給料1カ月分相当の一時金を支給した。それは、会社がゆるがないことを確約し、最前線にいるウクライナ人だけでなく、ルーブル下落で困窮するロシア人を支援するためでもあった、とブフマンは説明する。

だが2人はすぐに、苦しい立場に立たされた。数百人が避難しようとしているなか、Slack上で社員同士の衝突が始まったのだ。数人が冗談めいたやりとりを交わしていると、ウクライナ在住のある従業員がこう言い返した。

「朝5時に砲撃音で目を覚ましたことのない人にとっては、たいしたことじゃないんでしょうね」

その後の数日でこの口論は、従業員間の制御不能なヘイト発言の応酬に発展したという。当初、ブフマン兄弟は「政治的な」議論をやめるよう強く求めた。次に、社内の仲介者が戦争に関する投稿を削除し始め、最終的にはSlackのチャンネルを全面閉鎖するに至った。

「2つの方向を火の手に阻まれた格好で決定を下すのは困難ですが、手をこまねいているわけにはいきません」(ブフマン)
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文=イアン・マーティン & ジェーミナ・マケボイ 写真=レボン・ビス 翻訳=フォーブス ジャパン編集部 編集=森 裕子

この記事は 「Forbes JAPAN No.095 2022年月7号(2022/5/25発売)」に掲載されています。 定期購読はこちら >>

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