米国では、違法薬物であるフェンタニルの過剰摂取による多数の死亡例をはじめとする深刻な公衆衛生危機が進行している。ナロキソンはオピオイドの過剰摂取を迅速に回復させるオピオイド拮抗薬だ。全50州が、薬局で個人がナロキソンを処方箋なしで購入することを認めている。しかし、州はナロキソンを市販薬に指定する権限を持っていない。回避方法はあるものの、面倒であり、ナロキソンを薬品メーカーから一括購入する組織には適用されない。過剰摂取が急増した2020年にナロキソンの利用が減少したという事実は、入手手段に問題があった可能性を示唆している。
ハームリダクション(危機削減)団体は、FDAにナロキソンを市販薬として販売することを許可して入手を容易にするよう要求している。それに応じてFDAは、ナロキソンの製造メーカーは、処方薬から市販薬への転換申請を故意に遅らせていると非難した。ナロキソンを生産している製薬会社が切り替え手続きの開始を躊躇するのは、保険会社が商品の保険適用を拒否することにつながるからというのが表向きの理由だ。保険会社には市販薬を保険適用しない傾向がある。しかし真の理由はもっと単純で、市販薬に切り替えると、製薬会社が高い価格を設定できなくなるからだ。
ハームリダクション推進者は、FDA自身が処方薬から市販薬への切り替えを実施すべきだと述べており、FDAもそれを検討している可能性がある。政策専門家やハームリダクション推薦者は、医薬品の処方薬指定を「公衆衛生を守るためにその必要がなくなった時」に解除できる法規があると主張する。薬品会社は、政府に処方薬を市販薬へ一方的に切り替える権限はないと反論している。
FDAが切り替えを強行しようとしたとしよう。実際近々そうなりそうでもある。裁判所はこれを、ウェストバージニア州対EPAの判例に基づき、FDAの行為は規制の行き過ぎだとして差し止める可能性がある。公衆衛生に関する主張は十分ではないかもしれない。なぜなら裁判所は、まず議会が、FDAによる市販薬転換を許可するターゲット法案を通すべきだと決めるかもしれないからだ。
議会はどこかの時点でそれを実行するかもしれない。しかし、議会の動きの遅さは誰もが知っている。表面上実に理に適って見えた法案が、消え去ったり、成立に何年もかかったりしているる。その間にも、毎年何万人もの米国人が過剰摂取で亡くなっている。
ジョージタウン大学のローレンス・ゴスティン教授が指摘するように、ウェストバージニア州対EPA裁判には、EPAによる環境規制能力以外へと拡大する波及効果がある。実際この裁定は、FDAをはじめとする、規制を公布するあらゆる連邦政府機関の権限に影響を与える可能性がある。