また、TPMの上場は企業だけではない。昨年の3月、Tリーグに参加する男子プロ卓球チーム「琉球アスティーダ」の母体である琉球アスティーダスポーツクラブがTPMへの上場を果たしたことも記憶に新しい。日本のスポーツチームとしては初の快挙で、これまでスポンサーに支えられていたスポーツチームが、市場から正当な評価をえ、資金を集めるという新しい流れを生み出した。
大きなコストや負担をかけず、最短で「上場企業」になれる──。実は、そのTPMの最大の特徴はJ-Adviser制度にある。日本M&Aセンターもその一社として名を連ねるJ-Adviserは、東証が認可している法人資格で、上場の指導・審査・モニタリングを行いながら、企業の成長を全面的に支援する存在だ。
通常、J-Adviserとともに並走すると、一般市場上場に比べ半分以下の2年間でTPMへの上場が果たせる。なかでも、日本M&Aセンターは、アドバイザーとして上場までだけを手伝うのではなく、上場後も企業に寄り添いながら長期的なパートナーとして、企業の成長を支えていくのだという。
上場して終わり、ではなく、ずっとハンズオンで寄り添い続ける。「それは御社にとって、随分なコストになりませんか?」。ふと疑問に思ったことを聞いてみた。三宅は笑って言う。「この事業だけだとそれは赤字ですよ。けれど、それでも投資する価値はある」。
実は、三宅が日本M&Aセンターの代表取締役社長に就任した当初、「地方創生」をしていこうなどという気持ちはさらさらなかったという。それは三宅の生い立ちにある。
神戸で生を受けた三宅は、中高時代、舞鶴という京都の北に位置する海、山、川など豊かな自然環境の中で過ごした。舞鶴には当時、本屋が1軒。レコード屋が2軒。本屋には学習参考書と文庫本と雑誌しか置いていなかった。美術書も、哲学書も洋書もない。レコード屋には、歌謡曲と浪曲のようなものしかなく、そこには、ジャズもクラシックもなかった。
つまり、三宅いわく、そこは「文化がゼロな状態」。つまり、東京に比して、文化不毛な地に、好き好んで優秀な人材にUターンしろと言っても帰るわけがない、三宅はそう思っていたのだ。
しかし、いまや舞鶴でもどこでも、日本全国ネットを通じて同じ音楽を聞くことができる。また、Netflix、Amazonプライムで同じ映画を同じタイミングで見ることができるようになった。インフラが整ったいま、地域の環境を理由にUターンしないという言い訳はもはや通用しない。
むしろ、雄大な自然環境に恵まれ、住宅環境や物価のリーズナブルさや、新鮮な野菜や魚を食する機会の豊富さを考えると、都会に比べ、QOL(Qual ity of l ife)は圧倒的に高い。積極的に「地方」を選ぶ要素は格段に高まった。優秀な人材を地域に配置することも含めた環境の素地が整ったいまだからこそ、「地方創生」に大きく舵を切ったのである。