大学を出て大企業に勤めることが正解だと信じ、その通りに進んでみたけれど、どこか生きづらい──。本書は、私が感じてきたその生きづらさを言語化し、同時に、自分が生きていると感じられるのは何なのか、そのヒントを教えてくれた一冊です。
著者はまず、現代経済学の中核にある「選択」について考察しています。
著者のいう「選択」とは、意識的な計算過程によって、よりよいものを自らの意志で選ぶ行為を指します。しかし、現実の世界では比較考量できないことのほうが多く、自らの意思による「選択」そのものが行われることは滅多にありません。例をあげれば、新規事業でAとB、どちらを主軸に販売していくのかという局面で、線形的な関係(A+B)がないふたつは無限に選択の理由があり、答えを出すことはできないのです。
実際、「選択」において重要なのは、比較考量としての「選択」ではなく、社のポリシーとして、どちらが正しいかという点です。しかし、新規事業のみならず、営業や開発など日々の事業活動においても意識的な計算による選択を求めた結果、無理な計算を計算できるものとして自分自身を騙す=自己欺瞞となり、この過程こそが生きづらさの原因ではないかと本書に考えさせられました。
では、この自己欺瞞から抜け出すには、どうすればよいのでしょうか。
本書では、その方法を提示する経済学として「生きるための経済学」を提唱しています。私がこの「生きるための経済学」から強く共感したのは、自らがもつ「創発」する力を信じるということです。著者は、本書の最後を、「創発」いわゆる、自分自身の感覚そのままに生き、望む方向にそれを展開させ、成長させるとき、人間は積極的な意味で「自由」たりうるのだとまとめています。
私は常々、ビジネスは目の前のお客様に誠実に向き合い、その積み重ねの先にしか成功はないと信じてきました。例えば、当社が開発した、塾の業務を効率化するためのシステム「Comiru」は、お客様からの要望に真摯に耳を傾け学習し、システムそのものをスピーディに改善したからこそ、ユーザー様と共に、このマーケットそのものを創発してきたと考えています。結果として、現在3700教室で導入されています。これは「創発」する力そのままに進めてきた事業だといえます。
本書は私に、経営者として、あるいは人間として大事にすべきだと思ってきたことが、ビジネスの競争優位性につながっているということを確認させてくれた本です。そして、これからも起業家として生きていくうえでの理論的な支柱になってくれる一冊だと思っています。
title/生きるための経済学〈選択の自由〉からの脱却
author/安冨 歩
data/NHK出版 1067円/256ページ
くりはら・しんご◎1983年生まれ。2007年に新卒でスリーエムジャパンへ入社後、optでwebコンサルタントを経験、15年に塾・スクールの業務管理サービスComiruを提供するPOPERを創業。導入件数3000件を突破し関連サービスも拡大している。
やすとみ・あゆみ◎1963年生まれ。京都大学経済学部卒業。銀行勤務、京都大学大学院経済学研究科修士課程修了。経済史、理論経済学に精通。女性性の抑圧に気づき50歳で女性装を始める。『ドラッカーと論語』(東洋経済新報社)など著書多数。現在は東京大学東洋文化研究所教授。