ITベンチャーの起業経験を生かしつつ、情報学の研究者としてウェルビーイングとテクノロジーの関係を探究するドミニク・チェン。デジタルツール全盛時代こそ、人と組織がよりよくあるためには「脱・固定化」が必要だと話す。
──コロナ禍で、デジタルツールを用いた画面越しのコミュニケーションが増加しました。
ドミニク・チェン(以下、ドミニク):社会全体がデジタルツールに依存してみた結果、デジタルツールと人間の体というアナログなメディアとの間で齟齬が生じている。
人は対面でコミュニケーションするとき、体の動きはもちろん、その場所に漂う空気の動きやお互いの体臭など、膨大な量の非言語的な情報を送り合っている。リモートのコミュニケーションではこれらのノイズがカットされ、コミュニケーションの振れ幅が狭くなる。また、体を動かすことは思考を整理したり相手の言葉をそしゃくしたりするうえで重要だが、画面越しのコミュニケーションでは体がこわばる。体がこわばると心や意識も「固定化」されやすい。これがリモートワークの最もネガティブな部分だ。
──Slackなど、非同期的なコミュニケーションツールも一気に普及しました。
ドミニク:チャットツールは対面やZoomなどとは異なり、自分のペースで応答できるため、時間的な余裕をもたらす可能性がある。一方で、多くの人との非同期的なやり取りが同時並行で続いた結果、コミュニケーションの絶対量が人間の認知の限界を超えてしまい、チャット疲れやSlack疲れを感じる人も少なくない。デジタルツールによって人間の体に生じた齟齬を解消しないと、他者との関係性をうまく構築できない事態になりかねない。
──ウェルビーイングな状態に近づくために、デジタルツールの活用で心がけることは。
ドミニク:まずは、それぞれのデジタルツールがもつ特性に自覚的になることが大切だ。
例えば、上司が部下にチャットツール経由で問題点を指摘したとする。テキスト(書き言葉)は強力な力をもつメディアだ。情報を受け取った部下は、そのテキストを繰り返し目にするうち、上司が自分のことを強く非難しているかのようにとらえ始める。テキストの内容が、あたかも相手の存在のすべてであるかのような感覚に陥ってしまうのだ。そうならないためには、チャットツールやテキストメディアの特性を知ったうえで、受発信の仕方や内容を調整することが求められる。
コミュニケーション手段の多様化も重要だ。ひとつのデジタルツールに集約し、無駄を圧縮し、効率的にしようとすればするほど人間関係のあり方や発想が固定化されるからだ。私がデジタルツールを新たにつくるとしたら、無目的な時間をリモートで共有できるツールを開発するだろう。例えばそれは、踊る、スポーツをするなど、身体表現を用いたコミュニケーションツールかもしれない。コミュニケーションには言語が欠かせないという固定観念すら崩すデジタルツールをカウンターで当てていくことの必要性を感じている。