主人公の女性は作者の分身!?
そんなジョーという女性は、おそらく作者の分身でもあるのだろう。当初本作は、持ち込んだ41ものエージェントにことごとく出版を断られたというが、その失敗を糧として成功にたどり着く粘り強さや、巻末のプロフィール写真にある上目がちのカメラ目線から伝わってくる作者の強い意志は、逆境で本領を発揮するヒロインと見事に重なりあう。
そんなジョーの機転もあり、ほどなく416便のハイジャックは国家の安全を司る当局の知るところとなる。そこから物語は地上と機上の双方が交互に語られるカットバックの形式で語られていくが、地上では軍にテロ対応の命令が下され、ホワイトハウスのあるワシントンDCの避難計画が浮上するという大騒動へと発展していく。
これは言うまでもなく、アメリカ政府と航空業界ばかりか、全世界を震撼させた9.11ことアメリカ同時多発テロ事件がもたらした現実そのものだろう。
機内のセキュリティ手続きも、2001年9月の悲劇前と較べると強化され、キャビン・アテンダントの任務と責任も格段に増していることは想像に難くない。犯人がバックアップ・プランとして仲間を機内に紛れ込ませている可能性と、いつ撒かれるかわからない毒ガスのリスクに対し、ジョーと2人の同僚は彼らならでは知恵を絞り、勇敢に行動する。
彼らが胸に秘めた誇りは、やはりフライト・アテンダントの職にあった作者自身のものでもあるに違いない。
同時多発テロは、巨額の物的被害だけでなく、死者だけで3000人に近い犠牲者を出し、さらに泥沼となるアフガニスタン紛争へと繋がっていった。しかし、果たして世界はそこから何かを学んだのだろうか? そんな虚しい問いかけばかりが浮かぶ本作の犯人の動機や事件へと至る背景は、作者が読者に投げかける大きな問題提起といえるだろう。
蛇足になるが、アメリカ本国で本書を出版したサイモン&シュスター社が用意したホームページ(https://tjnewmanauthor.com)では、映画さながらの予告編が用意されている。
緊張感の中を疾走するハイライト・シーンをつるべ打ちし、「これは映画ではない」と謳う惹句がぴったりくる内容で、本作がいずれ映像化されることを予言するかのようでもある。しかし、それが実現するにしても、まだ先の話だ。スリルとスペクタクル溢れる航空冒険小説の醍醐味みなぎる本作を、まずは読書で体験されることを強くお奨めする。
「フォーリングー墜落—」T・J・ニューマン/吉野弘人訳 早川書房