元客室乗務員が書いたスリル溢れる航空冒険小説「フォーリング−墜落−」

著者のT・J・ニューマン (c) Melissa Young


その時、傍のノートPCの着信音が鳴った。送られてきたファイルの画像は、自宅の居間で拘束され、爆薬を身につけた妻と長男を捉えたものだった。同時に着信のあったFaceTimeに接続し、隣の副機長に気づかれぬようイヤホンをつけると、侵入者と思しきサムを名乗る淡褐色の肌の男が画面から語りかけてくる。
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「飛行機を墜落させろ。さもないとあんたの家族を殺す」そう脅す男もまた、自爆ベストを身につけていた。

地上では最愛の家族を人質にとられ、コックピット内は遠隔から監視されている。ロサンゼルスからニューヨークへと向かう416便の乗客144名の命を預かる機長のビルが、このいわれなき八方塞がりの状況下で迫られるのは、命の選別である。犯人は妻子の命と引き換えに、乗客の命を犠牲にせよと強要するのだ。

この究極の二択は、AIによる自動運転車が現実味を帯びてきた昨今、話題になることの多い「トロリー問題」をいやでも思い起こさせる。
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暴走する路面電車(トロリー)の前途には5人の作業員が働いており、自分は傍の分岐器で電車の進路を切り替え、彼らを救うことができる立場にある。しかし変更する進路の先にも、作業員が1人いる。5人を救うために1人を見捨てることは、許されるや否や、という問題である。

この功利性と道徳倫理の境界線上に存在する難問中の難問を、ポイント切替の早業で解決してみせた、鉄道模型を使った動画の投稿がネットを沸かせたのは記憶に新しい。

しかし思考実験や架空の議論ならともかく、誰にとっても家族より大切なものはないし、職務上も人道上も乗客の命を犠牲にすることなど絶対に許されない。そのどちらかを選ばねばならないジレンマの渦中にいきなり放り込まれたとあっては、常に優れた判断力を求められる機長といえども為す術はない。

さらにハイジャック犯は、墜落寸前に副操縦士を毒殺し、有毒ガスの入った缶を開け客席に投げ込め、と命じてくる。思考停止寸前に追い込まれたビルは色を失うが、そんな彼の動揺に鋭く目をとめた者がいた。長い付き合いで信頼関係も厚い客室乗務員のジョーである。

そして彼女こそが、機長のビルとともに、この物語で重要な役割を果たす、もう1人の主人公なのである。152センチという小柄な体躯ながら、時速960キロで成層圏を行く金属の塊の中で起こりうる最悪のシナリオを想定して、危機的な状況に立ち向かっていく。
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文=三橋 暁

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