良い時も悪い時も、気持ちの良い人間でいること
剣道には「ガッツポーズを取ると一本取り消し」のルールがあります。これは敗者の気持ちを慮ると、勝者として適切な行為ではないという考えが根底にあります。
相手を慮ることについて星子選手は、「小さい頃の私は、負けると不貞腐れた態度をとる子供でした。しかし、恩師に『悔しい時、上手くいかない時こそ、きちんとした行動をとることが大切』と諭されてから、周囲に配慮した行動をとるようになりました。私の態度が悪ければ周囲の人も困るし、勝った人も良い気分にはなりません。また、上手くいかない時こそ、きちんとした態度を取ることで、応援してくれる人も増えるはずです」と話します。
こうした態度を好ましいと思うのは日本だけではなく、トルコやオランダの友人たちに聞いたところ、同様の教えはヨーロッパにもあるそうです。
「勝ち負けではなく、いかに良い勝負をするか。そうすればより多くの試合に誘われるし、人としてもより良くなる」
あるオランダ人剣士は、昔はこのように教えられていたものの、最近はあまり言われることがないと語ります。それは日本も同様かもしれません。勝っても負けても相手を尊重する、気持ち良い人間でいること。失われがちかもしれませんが、改めて心の中に抱いておきたい教えです。
打って反省、打たれて感謝
また、剣道の教えの一つに「打って反省、打たれて感謝」があります。これは、打突が一本になり勝利しても、「本当に無駄なく打てたか?」と、常に反省し謙虚に向上に努めること。逆に負けた場合は自分の至らないところを教えてくれた相手に感謝する精神です。
「私は高校では1年生からずっと試合に出させていただいていましたが、大学に入ってからは同期にも全国レベルの強い選手がいて、なかなか思うように活躍できませんでした。不安や焦りもありました。しかし『彼らには敵わない』と諦めず、模索し、食らいついていき、徐々に成長し結果に繋がっていきました。挫折しても、負けても、腐らずに向上に努めることは、自分の人格形成にも大きな影響を与えたと感じます」(松﨑選手)
上手くいかなくても、負けても、その状況に感謝して糧にしていくこと。簡単なことではありませんが、そんな気持ちで物事に取り組めたら、きっと人としても成長できるでしょう。
このように、剣道ではスポーツとしての側面だけではなく、理想的な「態度」や「心の在り方」を教える側面も強くあります。これは、命のやりとりをしてきた武士たちにとって、極限の状況で己の心を制御するために「心の在り方」について考えることが非常に重要だったためです。
今はもう武士という職業はなくなってしまいましたが、その教えはまだ剣道のなかにきっと生きていて、日本人だけではなく海外の愛好家にとっても「人生を向上させてくれるもの」であるようです。私たち日本人も、改めてその教えを胸に抱きたいものです。