そうした声を聞くうちに、“生き方の選択肢を増やせる”医療の必要性を強く感じるようになったんです」
MICINで代表を務める原 聖吾は、会社を立ち上げた動機についてこう述べた。
政策シンクタンク、米マッキンゼー・アンド・カンパニー勤務を経て、2015年に起業した原。展開する「curon(クロン)」は今や5,000施設以上に導入され、オンライン診療を代表するサービスのひとつとなった。
掲げるビジョンは「すべての人が、納得して生きて、最期を迎えられる世界を。」──
その実現のためには医療データが欠かせない、と断言する原の真意に迫ってみたい。
オンライン診療そのものではなく、取得できる“医療データ”に光を見た
原がMICINを創業した2015年は、オンライン診療の潮目が変わった年だった。
同年6月に閣議決定された「骨太の方針」には遠隔医療を推進する一文が明記され、8月には「地域や疾患の制限なくオンライン診療を可能にする」という内容の事務連絡が厚生労働省より出された。
事実上のオンライン診療解禁──原は時代の変化にいち早く目を付けた。
「オンライン診療は“必要な時に、誰もが医療にアクセスできる”重要な柱になると考えました。と同時に、医療データ収集の入口になり得るとも。
診療中、患者さんがどんな表情で何を訴えていたのか。対して医者は、どう語り掛けたのか。対面での診療ではわざわざデータ化しなかった項目をフォーマットに落とし込むことで、こちらが欲しい情報を無理なく残せる。そう思ったんです」
そもそもなぜ原は、医療データに着目したのか。
「情報化が進んだ現代では、データを分析することによってあらゆる“予測”が可能になりました。医療だけでなく、食生活や運動など生活に関するデータを集め、解析することで、疾患リスクの高い行動を特定したり、将来どんな病気にかかるのか、その可能性を把握できる。
例えば、過去には『マリンスポーツをする人は納豆アレルギーになりやすい』という研究結果が発表されました。論文には、クラゲの足に含まれるたんぱく質の成分が、納豆成分に類似していることに起因する、とあります。
つまり、海中でクラゲに触れてしまうと、クラゲのタンパク質に感作されてしまい、納豆アレルギーを引き起こす可能性が高くなる。この結果を見て『マリンスポーツは控えよう』と考える人もいるかもしれません。
このように、病気と行動の因果関係が分かれば、それぞれの価値観に沿った生き方が選べるようになります。その解明のカギを握るのが、データなんです」
スタートアップが保険商品を開発──狙いは、「エコシステムの構築」
オンライン診療サービス「curon」の提供を皮切りに、事業領域を拡大してきたMICIN。7年目を迎えた今では、医療データを切り口に、患者が「備える」(最適な保障)・「繋がる」(医療DX)・「続ける」(介入と行動変容)ことに軸足を置き、事業を展開している。
具体的にはオンライン医療事業・臨床開発デジタルソリューション事業・デジタルセラピューティクス事業だが、2021年には保険事業も展開しはじめたのだ。
スタートアップが、保険商品をつくって展開......正直、意外な選択だ。
グループ企業であるMICIN少額短期保険は「生きるための選択肢を増やすためには、経済的な保障も必要」という考えの下で設立された。同社の最大の特長は、がん経験者のための保険商品を販売していること。
既知の通り、これまでの保険商品は主に健康な人向けに企画され、疾患を持つ人は入れない、もしくは高額な保険料を支払って加入しなければならなかった。
2022年4月現在は「乳がん・子宮頸がん・子宮体がん再発保障保険」を販売。20歳から69歳までの女性特有のがん経験者が対象で、がんの手術から6か月が経過していれば申し込みができる。また、がんの再発や新たながんが見つかった場合には80万円の給付金が受け取れる。
「このような画期的な保険商品を開発できた背景には、自社で蓄積・アクセスしてきた医療データの存在があります。標準生命表や患者調査票などが用いられてつくられる従来の保険商品と違い、最新のデータから、がん種ごとの生存率などを反映してリスクを分析。治療中の患者さんでも加入できる保険の販売にこぎ着けました」
医療データを介しながら、全ての事業が絡み合い、それぞれを補完し合うことで、唯一無二の価値を生み出しているMICIN。門外漢だった保険事業を含め、全事業を独自で開発しているのも特徴的だ。
「いうならば、各事業が繋がりエコシステムが形作られているイメージでしょうか。効率的に医療データを蓄積・活用しながら、ビジョンを実現するために新たなサービスを生み出す。こうした好循環を促していきたいんです」
多様なチームと共に仕掛ける、診療支援と“新たな治療法の開発”
冒頭で触れたように、原は医師から政策シンクタンクへの勤務を経て、米マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て起業した。政策やビジネスなど多角的な視点から医療を見つめた経験やスキルが、今の経営に活かされている。
MICINに集うメンバーもまた、IT・製薬・保険企業や官庁からの転職者、医師、薬剤師と多様性に富む。
独自のエコシステムを築きながら、「本当に必要とされるサービス」を追求してきたMICIN。オンライン診療の質向上を実現する開発にも積極的に取り組んできた。
「curonお薬サポート」は処方された薬の服薬指導をオンラインで完結できるサービス。2020年の改正薬事法施行に合わせてリリースされ、5,000店以上の薬局店舗に導入されている。
オンラインで服薬指導を受け処方薬を郵送してもらえれば、診察から薬の受け取りまでが自宅で完結する。また、薬局薬剤師の業務支援ツールの開発なども行なっており、医療者と患者のコミュニケーションに資する医療DX化を進めている。
加えてデジタルセラピューティクス事業では、医学的エビデンスに基づいたソフトウェアの開発に取り組んでいる。外科手術を受ける患者向けのケアアプリ「MedBridge(メドブリッジ)」もその1つだ。
「これは、手術を受ける患者さんの早期回復のために開発されたものです。医師からの説明に加えて、アプリから必要な情報提供やセルフケア習慣を促したりすることで、患者さんが日常生活にスムーズに復帰できる支援をします。
アプリで体調を記録することで、医師やご家族と共有することもでき、体調変化に気付きやすくなり、医師もそれらのデータを診察時に活用することができるようになるのです」
MICINだからこそ実現できる、プロダクト開発。一方でリリースまでにはさまざまな議論が発生していると原は言う。
「開発サイドはユーザーの声を聞きながら、プロダクトをブラッシュアップしていくのがベストだと考え、早くリリースするよう働き掛ける。他方、医師や看護師、営業など医療サイドに立つメンバーは、できるだけ完成に近い形で提供したいという想いが強い。
両者の“正しい意見”を活かすにはどうすればいいのか。コンフリクトの中で模索を続けていくと、高い次元で両立できる方法が必ず見つかるんです。こうした取り組みの1つひとつが私たちの挑戦であり、強みにつながる源泉なのです」
果敢に挑戦できるのは、実現したいビジョンがあるから
今のMICINのフェーズについて問うと「未だチャレンジの序の口にいる」とシビアなコメントを口にした原。一方で、オンライン診療の市場構築については一定以上の貢献はできたとも語る。
「特に政策への働き掛けは、個人的にも力を尽くしてきたことの1つでした。コロナの影響もあってここ数年でオンライン診療制度そのものが柔軟さを帯び、医師、患者さん双方にとって身近なものになりつつある。その点においては、手応えを感じています」
オンライン診療やデジタルセラピューティクス事業を通じて、引き続き医療データを集積しながら、3領域4事業をより厚みのあるものにしていきたい。病気と行動の関連性を解明することで、多くの人に多様な生き方のヒントを示したい、と原は意気込む。
「医療の選択肢を増やす。最適で質の高い医療を受けられるようにする。病気になる前も、なった後も自分らしい生き方を選べるような世の中にしたい......『すべての人が、納得して生きて、最期を迎えられる世界を。』というビジョンがある限り、私たちの描く未来像がブレることはありません。
引き続き、テクノロジーと仕組みの力で医療の可能性を広げていきたい。新規性の高い取り組みを浸透させるには、時に困難が伴いますが、そこは粘り強く」
医療機関から信頼されるサービスをつくるのが大前提だが、真の顧客はあくまでもその先にいる患者──ビジョン実現のため、MICINのさらなる挑戦は続く。