巻末で作者自ら語るように、本作は既におなじみの「巡査長 真行寺弘道」シリーズのスピンオフであるとともに、そのプロローグにもあたるが、組織内の地位や立場から音楽の趣味までが好対照な2人の警察官や、それを取り巻く多士済々に親しみを覚え、彼らの登場する過去の作品にも興味をそそられたとすれば、作者の術にはまったも同然だろう。
閃く稲妻、主人公の名前である透(トール)、ワーグナーの「ニーベンルグの指輪」と、北欧神話を連想させる数々から始まったこの物語は、やがてずばり「神々の黄昏」と題された章で山場を迎える。
そこには、アイスランドが世界に誇る歌姫ビョルグ(モデルはお分かりだろう)も登場し、日本有数の霊場であり聖域ともいえる熊野古道を舞台に、世界の終末を意味する「ラグナロク」という曲が幽玄に鳴り響く。そんななか、黒木と澪のプロジェクトにとって、画竜点睛の時が訪れる。
それにしても印象的なのが、のほほんと少しおどけた調子の「気分は中世」という言葉だ。資本主義発生以前への回帰を促すような提案で、アルチザンとその作品を愛する澪に大切なきっかけを与える黒木が、折にふれて口にするひと言である。
抜け目のないひと握りだけがうまい汁を吸う、資本主義がたどり着いた醜い現実を揶揄する本作のキーワードだが、こんな世の中はおかしい、と気づきながらも前に進まなければならない人々にとっても福音となる魔法の言葉だと思う。