撮影した写真をその場で加工し、ウェブやSNSに投稿するZ世代のクリエイターたちの支持を集めているのが、画像編集アプリ「Picsart(ピクスアート)」だ。2016年にForbes JAPANが「次世代のフォトショップ」として取り上げたスタートアップが、今や1億5000万人が利用するプラットフォームに成長した。創業者に「革命」の原点を聞いた。
1980年代初頭、旧ソ連のアルメニアで育ったホバナス・アボヤン(56)は、国立の美大に進むことを夢見た。しかし静物画の試験で不合格となった彼は、コンピュータサイエンスという別のクリエイティブな道に進み、AI(人工知能)や機械学習を学んだ。
その後の30年間で、アボヤンは3つのスタートアップを立ち上げては売却して財を成し、アルメニアのテクノロジー分野のリーダーの一人となった。
ところが、芸術を愛する彼は自身の子供たちにもアートを追求させた。2011年のある日、11歳だった娘のザラが落ち込んだ様子で彼のところにやってきた。SNSに絵を投稿したところ、いじわるなコメントが寄せられて、「もうやめたい」と言い出したのだ。
「自信を失った娘を見て、私は自分が芸術の道をあきらめたときのことを思い出しました」と、アボヤンは話す。そこで彼は、娘の絵を上達させるためのモバイルアプリを開発した。
それから10年、アボヤンの親心は、世界最大級の写真・動画編集アプリ「ピクスアート」へと結実した。このアプリは、世界180カ国で延べ10億回以上もダウンロードされ、月間アクティブユーザー数は1億5000万人に達した。ピクスアートはフリーミアム・モデルを採用しており、基本ツールは無料で、より豊富な機能を月額4.66ドルで提供している。同社は個人データの収集やターゲティング広告の掲載を行わないのに、21年の売り上げはすでに1億ドルを突破した。
さらなる成長を目指すピクスアートは21年8月、ソフトバンクの「ビジョン・ファンド2」が主導し、既存出資元の米ベンチャー投資会社セコイア・キャピタルらが参加したシリーズCラウンドで1億3000万ドルを調達。評価額が10億ドルを突破し、晴れて“ユニコーン(評価額が10億ドル以上の未上場企業)”の仲間入りを果たしたことを発表している。
SNSやスマートフォンの普及により、誰もがメディアとなった現在の世界で、何億人もの人々がこのアプリを利用し、画像や動画を加工している。アーティストは、ピクスアートを使ってTikTokやインスタグラム、スナップチャットに投稿するコンテンツを加工している(少女たちは自撮り写真のニキビを消したり、ウエストのラインを数cmカットして、スリムに見せたりもしている)。
また、このアプリはビジネス分野でも広く利用されている。世界の何百万もの個人事業主やレストランが、ウェブに掲載する商品の見栄えをよくするために、ピクスアートを使っているのだ。