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2022.02.24 16:00

<寄稿>これからの100年経営を考えるうえで、避けられない「破壊」と「痛み」とは?

これまでこのコラムで語られてきた通り、日本の長寿企業には通底する価値観・文化があり、更には古くから長期的目線で事業を捉えたサステナビリティ経営が実践されてきたという特徴があった。本稿では、これらの特徴を踏まえた上で時間軸を未来へ向け、これから先の100年企業が持つべき価値観や企業文化等について述べていく。(本記事はボルテックス100年企業戦略オンラインに掲載された記事の転載となります。)


まず初めに認識しておくべきことは、これから先へ向かっては社会環境・事業環境の変化が益々加速していくということだ。その要因として挙げられるのが、「グローバル化」「デジタル化」「人材多様化」の大きく3つの波。これらはそれぞれ独立事象ではなく、相互連関性を持ち、結果として多くの非連続な変化を経営にもたらしている。

1つ目の「グローバル化」については言わずもがなだが、90年代に入りアジアの市場が生産地としても消費地としても大きく開かれたこと、人やモノ、更にはデータの移動が容易に国をまたぐことが加速化されたことなどによって、世界が一つにつながってきたことを意味する。90年代の日本のバブル崩壊、アジア通貨危機やその後の米国を中心としたITバブル崩壊、更にはリーマンショックやギリシャ危機等、世界のどこかで起こる経済危機が昔は地域に閉じていたものが世界に影響を及ぼす度合いが強くなってきていること、また気候変動や今回のコロナ禍含め多くの環境問題もすぐに世界共通の課題になることなどから、たとえ日本国内中心で事業活動を営んでいる企業経営者であっても、絶えず世界のどこかで起こっている様々な現象に目を配る必要がある事を意味する。

2つ目の「デジタル化」に関して捉えるべき変化・進化とは、単にITツールの発展に伴うリアルのハンコを無くして電子認証にするといった、アナログ作業をデジタルに置き換えていくという、いわゆる“デジタイゼーション”に留まる話ではない。デジタルトランスフォーメーション(DX)という言葉がややバズワード化しつつあるが、まさにトランスフォーメーションという通り、今の戦い方がガラッと変わることを意味する。

具体的な事例としてコンピューターと車を挙げてみたい。かつて日立や富士通、NECが企業の基幹系システムの構築で存在感を示していた時代、彼らはハードウエアからその上で動くプログラム、更にはUIの部分まで、すべて自前で構築していた。つまり最上流から最下流までフルスペックでの価値提供を行っていたわけだが、そうしたシステムがクライアント・サーバー型へ移行する、更にはPCの出現によって何が起こったか。

これまでの垂直統合型のものづくりから水平分業型へのシフトが起こり、付加価値の源泉は最上流の頭脳(CPUのインテル)と最下流のプラットフォームサービス(ERPやグーグル等)の両極にシフトし、真ん中の組み立ての付加価値がどんどん減少していくスマイルカーブ現象が加速していったわけである。結果としてオープン化・モジュール化が進展し、これまでの垂直統合型のモデルから水平分業型へ産業構造が変わっていってしまったのである。

もう一つ、自動車の世界のデジタル化も考えてみよう。来るべき自動運転の世界を見据え、車の進化が著しいことは言うまでもないが、現在の段階は主にレベル2と言われる運転補助段階、例えばぶつかりそうになる前に停まる、前の車との距離を保ちながら一定速度で走行するなどだ。実はこれらは車単体のセンサー及び頭脳の進化からなされている段階で、トヨタをはじめ各社固有技術として積み上げを行っている(前述のコンピューター同様、デバイスレベルの水平分業化は進んでいるが)。

この次に来るのは、車と道路・車同士が通信を始め、お互いに事故を回避したり効率的な走行を行っていくような流れなのだが、その段階においてはもはや、個社ごとの開発というわけにはいかず、各社の車を同時に制御するような共通プラットフォームが出来てくるはずだ。お互いのデータをやり取り・管理するレイヤー、それらを統合・制御して車にフィードバックするようなアプリケーションレイヤー、ビッグデータを集め解析しシステム全体の効率化を自律的におこなっていくレイヤー、更にそれらを動かすハードウエアレイヤーなどである。

つまり、これまでのような個社の垂直立ち上げモデルでの発展形ではなく、いずれ個社横断の業界全体に広がるレイヤー階層化になっていくことは自明である。『DXの思考法』(西山 圭太著、冨山 和彦解説/2021年)の中で著者の西山氏は、「ミルフィーユ化する世界」と表現している。ここで突きつけられる問いは、これまでの漫然としたフルスペック・垂直統合型経営ではもはや付加価値創出が難しくなり、自分たちはスマイルカーブの中で、もしくはレイヤー化が進む産業構造の中で、どこで付加価値を取りどこは捨てるか、という“判断”が求められるという事だ。

3つ目の「人材多様化」については、仕事の中身と働き方の2点があるが、どちらも前述のグローバル化・デジタル化と大いに関連する。まず仕事の中身だが、デジタル化の進展により、今までにあまりなかった組織能力が求められるようになる。例えば車の世界で言うと、メカニカルエンジニア・エレクトロニクスエンジニアに加え、ソフトウエアのエンジニアの重要性が飛躍的に増しているといった話だ。またスマイルカーブ化が進展すると、自国に閉じる必要はなく、ある部分は海外メーカーから調達し、一部の組み立ては現地で行うといった立地を選ばないものづくりに移行するというのも同義である。このように仕事の中身の多様化は加速度的に進んでいくことは間違いない。

加え、昨今の働き方改革の流れもあり、人々の仕事との“向き合い方”の多様化も不可逆的に進行している。誰もが新卒入社で最後まで1社に勤め上げるメンバーシップ型雇用から、役割定義を明確にしながら個のスキルを確立していくジョブ型への移行も最たる例であるし、更にはデジタル系の仕事はまさに場所を選ばないので、そもそも(決まった国・場所で)出社して就業時間に縛られて働くという概念自体もなくなっていく働き方すら多数出てくるような状況だ。こうした中、共通の一つの仕組み・制度、キャリアパスで社員に求心力を与える事はもはや非現実的で、いかに多様化を許容するような企業文化や制度を構築できるかの勝負にシフトしてきている。

未来のために稼ぎ頭の事業を壊せるか?


こうした事業環境の変化を踏まえ、長期的・持続的に企業価値向上を目指していくこと、つまりこれから先の100年企業を目指すうえでのカギは、次々とやってくる非連続な変化に柔軟に対応できる組織能力を備えた会社へのトランスフォーメーション、すなわちコーポレートトランスフォーメーションを地道にやっていくことに他ならない。

では、その組織能力とは何か、それは“事業環境の変化に先回りしながら、事業・機能含めて俊敏に新陳代謝をかけていく能力”だ。まず事業の俊敏な新陳代謝だが、『両利きの経営』(チャールズ・A・オライリー、マイケル・L・タッシュマン著/2019年)では、既存事業の深化と新規事業の探索を高度に両立させることの重要性を説いている。「既存事業をやりながら新規事業を立ち上げる。そんなの経営としては当たり前のことだ!」との批判の声も多いが、事の本質はそんな単純なものではない。誤解を恐れずに言うと、先ほど述べたグローバル化やデジタル化の波を踏まえた上で探索すべき事業とは、ある意味これまでの稼ぎ頭である既存事業そのものをガラリと変える、もしくは駆逐するべきものになりうるので、それらの事業が強固であればあるほど強い慣性が働いており、中々ぶち壊すことが難しいという壁にぶつかってしまうのだ。

産業機械とテレビの事例を説明しよう。工場の生産工程で使用される幾多の産業機械、こちらもデータ活用して稼働状況の管理や精度向上への動きが加速している。その先の議論として、これまでのような売切り型からサービスに付加価値を寄せたような囲い込み型やサブスクリプション型へシフトしてはどうか、ものづくりは外部委託してデータ利活用やアルゴリズム側に付加価値をシフトしてはどうか、いっそのこと自社の機械だけでなく工場全体のマネジメントプラットフォームを構築してはどうか、といった議論に発展していく。まさに探索領域なのだが、こうなるとこれまでの事業モデルや功労のある部署をぶっ壊すことになるので、どうしても議論が途中で止まってしまう。

テレビも同様に、もはや若年層にとってテレビとは、民放番組を見るよりNetflixやYouTubeなどのネット系メディアを見るためのデバイスといった意味合いが強くなっている。放送メディアもその変化は理解しつつも、いまだ広告宣伝枠を販売してマス向けのバラエティを作ってゴールデンで放送するという既存モデル・既得権が強すぎて、中々ぶち壊すまでには至らない。

2つの例を挙げてみたが、「わかっちゃいるけど止められない」現象が、至る業界で起こっている。しかしながら事業環境の変化に合わせ、自分たちのモデルも高速にアップデートしていかない限り、既存の事業体にしがみついていては衰退しか待っていない事は、『両利きの経営』の中でも取り上げられているように、多くの企業事例を見ても自明だ。

これらのアップデートをもう少しややこしくしている真因は、事業そのものを本気でアップデートしようとすると、そこで求められる付加価値提供部門や人材像もまた大きく変わっていくために、そうした機能面においても俊敏な新陳代謝・アップデートがセットとして必須となってくることだ。これまでの花形人材がこれからはそうでなくなることだって起きるし、ハードウエア部門からソフトウエア部門への付加価値シフト、人材に対してのドラスティックな職種転換や場合によっては事業そのものの取捨選択といった厳しい判断を下さなくてはならない状況も出てくる。

このように、表裏一体である事業と機能をセットとして俊敏かつ適時適切に更新をかけていく組織能力こそ、これから未来を見据えた100年企業になるためには必須となると筆者は考えている。前編は捉えるべき外部環境・事業環境の変化と、これからの100年企業に求められるコーポレートトランスフォーメーションについて述べてきた。後編では、そうしたコーポレートトランスフォーメーションを実践するための経営としてのリーダーシップ能力について述べていく。


木村 尚敬(きむら なおのり)◎ 経営共創基盤(IGPI)共同経営者マネージングディレクター。慶應義塾大学経済学部卒、レスター大学経営大学院修士課程(MBA)、ランカスター大学経営大学院修士課程(MSc in Finance)、ハーバードビジネススクール修士課程(AMP)修了。ベンチャー企業を創業し経営に携わった後、日本NCR、タワーズペリン、ADLにおいて事業戦略策定や経営管理体制の構築等の案件に従事。IGPI参画後は、全社経営改革(事業再編・中長期戦略・経営管理体制整備・財務戦略等)や事業強化(成長戦略・新規事業開発・M&A等)など、様々なステージにおける戦略策定と実行支援を推進。IGPI上海董事長兼総経理、モルテン社外取締役、りらいあコミュニケーションズ社外取締役、グロービス経営大学院教授も務める。著書に『ダークサイド・スキル』(日本経済新聞出版)、近著に『修羅場のケーススタディ 令和を生き抜く中間管理職のための30問』 (PHPビジネス新書) がある。


本記事は「100年企業研究オンライン」に掲載された記事の転載となります。元記事はこちら

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