『Take Me Out to the Ball Game(私を野球に連れてって:1908年に作曲されたノベルティソング)』にあるように、米国では野球観戦は家族でピーナッツやポップコーンを頬張りながら地元チームを応援するもの。日本では一昔前の野球観戦といえば、男性客ばかりで、女性や家族連れには入りづらいイメージがあった。しかしどうやら現在では、日本でも「野球を観に行く」というよりは「ボールパーク」へ遊びに行くという感覚が生まれつつあるようだ。
米国では「スタジアム」ではなく「ボールパーク」と呼ばれ、球場内に遊具やプールなどの施設があり、試合前からゲーム観戦を盛り上げるさまざまな演出が行われる。このコンセプトを日本国内でもいち早く取り入れ、成功しているのが、埼玉西武ライオンズの本拠地メットライフドームである。コロナ禍以前には5年連続で最多観客動員数を更新し続けたメットライフドームが単なる野球観戦施設という枠を超えて、ボールパークとして成功している理由とはなんだろうか。その実際を見るべく現地に足を運んでみた。
周辺環境との一体感、理想のボールパーク実現への試み
メットライフドームは2017年12月にボールパーク化に向けて改修工事がスタートし、21年3月をもってすべての工事工程が終了。改修工事で目指していたゴールのひとつ「自然共生型の開放感に満ち溢れたドームへ」を達成した。これは単なる建物の補修ではなく、立地する狭山丘陵の豊かな自然と半ドームという特性を生かし、屋根の外側の広がりを有効に活用。1・3塁側にあったゲートをひとつに集約して駅側に移動し、場内エリアを拡大して回遊性を向上させた。1999年には埼玉県が優れた景観の建造物を表彰する「彩の国景観賞」も受賞するなど、かねてより自然共生型の建造コンセプトに対して高い評価を受けている同ドームであるが、今回の改修で自然の気配がより感じられる施設になった印象がある。
改修工事のもうひとつの大きな目標は、誰でも楽しく過ごせる場所「ボールパーク」を目指すことである。新たにグループ席やネット裏のパーティテラス、立ち見席などを新設し、観戦環境の大幅向上を図った。さらに、大型フードエリアや新しいグッズショップをオープンさせたほか、従来の屋内子ども広場もリニューアルし、屋外にも子ども広場を新設した。
ネット裏のパーティーテラスは最大8名まで利用可能。
鉄道球団らしく、一塁側には鉄道車両を設置した新エリア「トレイン広場」。多種多様なクラフトビールやオリジナルフードが味わえる「CRAFT BEERS OF TRAIN PARK」。ファミリーだけではく特別な空間でリュクスな時間を過ごしたい層、あるいはコアな野球ファンのためにはバックネット裏スタンド地下部分に敷設されたアメリカン・エキスプレス プレミアム® ラウンジでの観戦をお勧めしたい。483人が同時に利用可能で、バックネット裏のラウンジとしては12球団最大の広さを誇る。バーエリアで提供される地元産のウイスキーなどを片手に専用エリアでゆったりとくつろぎながら、ゲームの醍醐味を味わうのも良いのでは。
もちろん、観戦者への配慮も忘れていない。これまでのプラスチックの固いシートも全面改修した。クッション性の高いシートはプレイボールからゲームセットまで座り続けても疲れにくい。また、シートの色には、同ドームが立地する埼玉県狭山地方の名産である狭山茶や里山の雑木林などをイメージした3色の緑の濃淡を用い、地域の文脈を生かしたカラーで統一した。シートは従来芝生貼りであった外野席にも延長した。
連携演出による圧巻のエンターテインメント
大画面に映る大迫力のホームラン演出は、ボールパーク全体と演出連携。
そして、何よりも新しくなったメットライフドームが、来場者を楽しませてくれるのが、その演出である。従来の2倍のサイズとなったメインビジョンと、4K8K放送対応のLED投光器となったフィールド照明、計算して設置され直した音響、さらに球場内の至る所に設置された301台のデジタルサイネージが連動して球場全体に連動演出をもたらす。技術提供したのはパナソニックである。
2020年に水銀灯の生産を終了した同社では、LEDの用途研究に注力。瞬時点灯・消灯が可能なLEDならでの特性を活かし、従来劇場などで用いていた照明システムがワンアクションで映像・音響と一体連動するエンターテインメント照明空間演出(DMX制御演出)を、スタジアム向けに応用したのだ。
特に球団側から要望を受け実現したふたつの演出が面白い。ヒーローインタビューの演出は、全体照明を抑え、光を選手に集中させる雰囲気抜群だ。また、ホームラン時の演出はボールパーク全体を熱狂させる。ホームランが出たときには、ビジョンとデジタルサイネージに間髪入れずトレインの映像が一斉に映り、スタジアムの明るさを落とすことなくドームの天井にLEDの光を走らせる。
ここまで光の演出にこだわったメットライフドームだが、決して眩しくはない。眩しさへの対策として取り入れたのは低グレア照明設計である。LEDの照射方向を分散させることで、眩しさの原因となる光の重なりを減らし、光源付近の不快な眩しさは3DCGシミュレーションで可視化した。こうした眩しさを抑制する照明環境は、独自ソフトで事前に検証し、最終段階で選手やチーム関係者に体験してもらって細かな調整を行い実採用したという。
最適な照明設計による省エネも同時に実現した。技術投資は単に現状改善だけではなく持続未来への布石としてもなされたようだ。スタジアム改修工事後は既設照明設備の台数は約15%、消費電力とCO2排出量を約60%も削減できたという。省メンテナンス性に優れたLEDに切り替えたことで、年間電力費のランニングコストも下げることに成功した。
至るところに設置されたデジタルサイネージは、どこにいる来場者にも熱狂を伝える。
ファンはもちろん、すべての来場者を楽しませる設備と演出。球場からボールパークへ、メットライフドームは生まれ変わった。昨シーズン最下位に終わった西武ライオンズ。誰もが楽しめるボールパークに足りないのは、あとは成績だけだ。新エンターテインメントによるチームとファンの一体感で幕開けとなる令和の西武新黄金時代に、否が応でも期待が高まる。