ビーガンの価値を上げる。店を持たないシェフの美食とビジョン

ONODERA GROUP エグゼクティブシェフ 杉浦仁志


全米中のパティナレストランをまわった後、2013年に日本にパティナレストラングループのファインダイニングを作ることになり、エグゼクティブシェフとして帰国することになった。

時代はプチバブルだった。オープンした「パティナステラ」も順風満帆。その中で、ファインダイニングでクリエイティビティあふれる料理を作るというステータスへの満足感もあったし、ソワニエ(上質な顧客)を喜ばせるというやりがいも感じていた。しかし、次第に杉浦氏は、それだけで自分の料理人人生を終えていいのか、という気持ちが強くなっていったという。

食を通じて未来を豊かにする


ちょうどその頃、日本のレストラン文化に疑問を持つようなできごとがあった。友人たちと食事にでかけたときに、アレルギーで野菜以外食べられない子どもの親が、野菜料理をリクエストしたところ、野菜だけの料理(ビーガンメニュー)を特別に作ることはできないと断られたというのだ。冷蔵庫には山ほど野菜があるのに、だ。

「個々の客のニーズに対応する文化というか習慣がないんですね。往々にして、他者の食文化や健康などの事情へ思いを馳せようという意識が少ないんです、日本は。アメリカから帰国した私にはとても奇異に映り、レストランの在り方、ひいては料理人としての在り方を考えさせられました」


ズッキーニのターバン

その結果、杉浦氏のとった行動は、「パティナステラ」のエグゼクティブシェフを務めながら、ビーガン料理を食べられる場所を探している人達への食事会を開くことだった。同時に、不定期でビーガン料理を教える教室を開催したり、ビーガンに対する食育の場を設けたりもした。

そうした活動を重ねるうちに、自分の目指すものがはっきり見えてきたと言う。杉浦氏はそれを、「Social Food Gastronomy(ソーシャルフードガストロノミー)」という言葉で表現する。

つまり、食を通じて社会問題を解決し、食を通じて未来を豊かにするということ。料理人には、高価な食材と高度な技術から繰り出す美食を供してお客様を幸せにするという美食哲学だけではなく、もっとさまざまな可能性を持っているはずだと考えたのである。そしてビーガンはそのソリューションの一つであるというのが辿り着いた結論だった。

「なぜなら、野菜をたっぷり、積極的に食べることは、当然ながら体にいいわけで、まず、健康創造ができます。日本人は1日350gの野菜が必要なのに、平均で60g不足しているという厚生省のデータもあります。それを補うにはビーガンは有効な手段です。そして食材である野菜が育つということは地球環境の改善に積極的に関与するということでもあるのです」
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文=小松宏子

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