DXが遅れる日本の金融業界
トークセッションには、Fintech協会代表理事会長でナッジ代表取締役の沖田貴史、freee執行役員でfreee finance lab代表取締役社長の小村充広、ビザ・ワールドワイド・ジャパンビジネスソリューション部長の井上直樹が登壇し、経済キャスターの瀧口友里奈がモデレーターを務めた。
まずは、日本のフィンテックの黎明期から業界に携わってきた沖田と小村による日本の金融DXの現状分析から始まった。沖田はさまざまな産業でDXが進むなか、「金融だけが若干置いてけぼりにある」と指摘。小村も同調し、その要因は金融の長い歴史にあると分析する。
「金融業務には申し込みがあってから審査があり、その結果、契約と資金移動があり、勘定が借方と貸方で発生し、金融機関同士のセトルメントという最終決済が行われます。それら複雑なプロセスが非常に長い時間をかけてつくり上げられたが故に、壊すのが難しいのです。いまのフィンテックの流れは、このプロスセスを少しずつ分割し、デジタル化して利便性を提供している過程だと理解しています」
ここにきて日本でも金融DXが推進されているが、先行するのは海外だ。井上は、海外の先進的な取り組みとの連携が必要だと言う。
「例えば、アメリカではさまざまなソリューションが一体化して動くことで、金融だけに止まらず業務の効率化が進んでいます。日本には、freeeさんが提供する会計ソフトのような誰でも使えるソリューションがある一方で、業界に特化したソリューションが乱立している状況です。Visaはそれらをネットワーク化し、大企業、中小企業、個人事業主のバイヤーとサプライヤーをつなぐサービスを提供していきたいと考えています」
生産性向上が中小企業の売上高を1割押し上げる
ビジネスカードがさまざまなソリューションをつなげることで、中小企業の決済が円滑になり、業務の効率化が飛躍的に進む。それは日本経済全体に好影響をもたらす。と井上は言う。
「現金で売り買いすると、手元資金でしか商売ができません。(しかし、特にクレジットの場合は)カードを使うことで支払い期限が延びますし、また、(カードの金融機能である)レンディングという形での資金調達も可能になり、手元資金以上の商売が可能になります。事業が拡大し、それによって経済全体の活性化にもつながります」
以前に比べれば、中小企業の環境も整備が進んでいる。しかし、さらなる改善が期待できると言うのが沖田の所感だ。
「freeeさんのようにSaaS系のソリューションがいろいろと出てきてどんどん便利になっていますが、一方で普通の商取引はまだ請求書ベースが主で、そこがボトルネックになっています。そこが改善されれば、新しいサービスが生まれるのではないかと思います」
小村は、コロナ禍における政府のデジタル政策の失策によって生じた機会損失に触れ、デジタル化による生産性の向上がもたらすインパクトをこう強調する。
「ちゃんとしたデータベースがあるうえで状況を把握し、個人や企業と的確にコミュニケーションをとり、さまざまなプロセスが適切にデジタル化されていれば、飲食店への給付金が2カ月も3カ月も遅れることはなかったはずです。これは、生産性が低いことによる機会損失の一例です。中小企業の生産性を向上させ、その余剰を新しい投資に振り向けられたら、売上高が5〜10%増え、日本経済が活性化するはずです」
では具体的に、中小企業にどのような効果をもたらすのだろうか。井上は、精算業務の工数が大幅に削減されると説明する。
「中小企業を調査すると、精算業務が重荷になっていることがわかります。バイヤー側からすると、発注してから支払いをし、その後に会計処理がある。サプライヤー側は請求書を発行してから集金もしくは督促をし、お支払いいただいた後には突合しなければならず、かなりの作業量です。その部分をデジタル化すれば記帳の必要がなくなりますし、多くの作業工数が減ります」
ペインポイントを解決するVisaのソリューション
しかし、企業のカード利用は経費の支払いに止まり、企業間決済にはまだまだ使われているとは言い難い。もちろん企業間決済を円滑にするための、企業間決済システムもVisaは用意している。ひとつはすべての請求・支払業務をウェブ上で完結することができる「Visa Business Pay」。もうひとつは、Visaの加盟店ではないサプライヤーにもカードで支払うことができる「Business Payment Solution Provider」だ。
ただしそれらの利用を促すためには、まずビジネスカードそのものを普及させなければならない。井上はそのハードルの高さを痛感している。
「潜在的なニーズをどう顕在化させるか。業界として考えていかなければならないと思います。目の前でご説明すると『便利ですね』とおっしゃる方が非常に多いのですが、自分からその便利なツールをお探しになる方がなかなかいらっしゃらないのが現状です」
無関心層に浸透させていくためにはどうすれば良いのだろうか。そのために必要なのは新しい価値の提供だというのが、沖田の考えだ。
「カード決済はどちらかというとこれまで、お得感や安心・安全が強調されてきました。それももちろん大切ですが、それだけに止まらない、新しいサービスが必要だと思っています。我々が提供しているカードはコンシューマー向けですが、アスリートやアーティストなどを応援できる機能を付与しています。ライブ配信での投げ銭と違って、カードを使うだけで売り上げの一部がアーティストなどに寄付される仕組みです。こうした新しい切り口が必要なのではないでしょうか」
一方、小村もカードの利用を促すべく、中小企業が感じている課題を解決する新たなサービスがあると言う。
「お客様を分析したところ、ビジネスカードは仕入れには使われないという課題があることがわかりました。なぜ使われないかというと、限度額が少ないからです。freeeの会計データなどを利用して新たに審査モデルを構築し、高額な仕入れにも対応することを検討しています。また、カードの利用明細を1日でfreee会計と同期することも可能となります」
最後に、小村が、複数の社員にカードを持たせることで、使途の確認など経理上の管理がかえって煩雑になる場合があるという問題を提起。井上がそのソリューションを紹介し、セッションは締め括られた。
「カードは確かに便利ですが、管理の観点から不安を感じられる方もいらっしゃるかと思います。それを解決するためにVisaでは、スマホなどで社員の方がカードをどう使っているかが確認できるとともにカードごとに利用をコントロールできるサービスを提供しています。例えばこの社員は上限10万円、この社員は海外出張しか使えないようにするといったように、カードごとの設定が可能です。それに加えて、番号を使い捨てにできるバーチャルカードを提供しています。特に新しい企業さんとの取引や1回のみの取引にご利用いただくと、管理がしやすくて便利です。これらのソリューションによって、我々はこういった課題を解決しています」
日本の労働生産性上昇率はOECD加盟国で下から2番目
セッションに先立って、ビザ・ワールドワイド・ジャパン ビジネスソリューションシニアディレクターの加藤靖士が「中小企業のDXとカード決済」と題し講演を行った。
加藤は、日本では個人事業主を含む中小企業が企業数全体の99.7%を占め、「日本経済の柱として重要な存在となっている」と強調。そのうえで、労働生産性に関するショッキングなデータを紹介した。事業間決済の現状と課題については、9月28日発表の「中小企業の事業間決済におけるキャッシュレス化・デジタル化推進」にも詳細の分析がなされている。
「日本は労働生産性が低いとよく言われますが、日本生産性本部が発表した『労働生産性の国際比較2019』によると、経済協力開発機構(OECD)加盟国36カ国中で21位という結果が出ています。しかし、それより深刻なのは労働生産性の平均上昇率で、36カ国中35位なのです。日本の労働生産性は改善されていないか、もしくは悪化していると言えます」
日本における中小企業が企業数・従業員数に占める割合
出典:総務省・経済産業省「平成28年経済センサス‐活動調査結果」を加工して作成
労働生産性の国際比較
出典:日本生産性本部「労働生産性の国際比較2019」
企業規模別従業員一人当たり労働生産性の推移
出典:財務省 「法人企業統計調査年報」中小企業庁「2019中小企業白書」
ただし日本企業の労働生産性が一律に改善されていないわけではない。大企業に関しては、リーマンショック後の2009年頃から労働生産性が向上している。問題は中小企業にある。
「ITの進展があったり、通信の発展があったりと、さまざまなイノベーションが起きているなか、中小企業の労働生産性は15年間、ほとんど改善されていません。これが非常に重要なポイントだと思います」
その労働生産性を改善するために加藤が提案するのがカード決済だ。Visaのビジネスカードは代表者に加え、従業員用に100枚までカードの発行が可能で、クレジットカードとデビットカードがある。
「メリットは公私分離の明確化や現金管理からの解放、支出の見える化などがありますが、一言で言うと、支払い行為という、何の付加価値も生まない業務を手間をかけずに行えることです」
中小企業が決済に費やす時間は少なくなく、平均すると、月50時間以上を決済関連業務に費やしている。それがカードを導入することで、平均5時間弱を削減できるという。ところが現実には、多くの中小企業がカードを利用していない。中小企業の55%はカードを使っておらず、使用している46%の企業も6割以上は個人カードの利用だ。
出典:【日本、韓国、シンガポール、オーストラリア】Visa Worldwide “SME Segment Summary” 2018 ※同時期・条件で比較するため日本も2018年の調査数値を活用※2020年調査のカード決済比率も1%程度と著変無し。【アメリカ】Visa US Small Business Payments Behavior Study, May-June 2019. Survey of 2,495 Small Businesses with annual revenue of $50K-$10M を再編、【英国】Visa Worldwide “UK SME market assessment” 2019
中小企業の決済手段別支出額に占めるクレジットカードの割合は1%に過ぎない。しかもその1%も経費の支払いや車両レンタル、オフィスサプライが主で、企業支出の大部分を占める原材料・仕入れではほとんどカード決済が利用されていないのだ。中小企業が決済に感じている課題は、昔から変わっていない。
「中小企業の大部分の方が決済に抱えているペインポイントは、銀行取引に割かなければらなないコストや手間だったり、経費精算にかける社員の負担などで、30年前にも存在していた課題がいまだに色濃く残っているのが現状です」
加藤は、こうした中小企業が抱える課題を解決するのにカード決済は有効なツールであると強調し、こう締めくくった。
「会計ソフトなどデータを活用したソリューションを提供するさまざまな企業の方々とも協力しながら、決済の観点からDXを通じて中小企業の生産性向上に貢献できればと思います」
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