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朝日新聞外交専門記者


自衛隊の元幹部は「あるものを見せないのもパレード。ないものをかき集めて、あるように見せるのもパレードだ」と語る。北朝鮮は今回、核兵器や大陸間弾道ミサイル(ICBM)などは公開しなかった。一方、北朝鮮は1989年、平壌で世界青年学生祭典を開いた。前年にソウルで開かれた夏季五輪への対抗策で、2万人以上が参加した。北朝鮮は突貫工事でホテルを建設したが、ホテルの部屋に備え付けられた調度品やトイレの型が古く、しかもバラバラだったという。物資が足りないため、あちこちで使われていた既存品をかき集めたらしい。今回の消防車もトラクターも同じ類いかもしれない。


軍用犬(労働新聞ホームページから)

元幹部が唯一納得したのは、軍用犬だった。自衛隊もジャーマン・シェパードを保有しているからだ。今年7月に静岡県熱海市で起きた土石流被害の災害救助活動に従事したほか、基地警備で活躍している。ただ、北朝鮮の場合は政治犯収容所の警備や、「国民の7割が経験者」とも言われる麻薬の探知犬として使われているのかもしれない。

1970年代に行われた労農赤衛隊のパレードを知る韓国の専門家によれば、当時の隊員たちは武器も持たず、黙々と行進していた。国旗掲揚はあったが、今回のような派手な音楽演奏、花火の打ち上げ、舞踏会などの演出はなかった。この専門家は「色々な演出を加えなければ、精強な部隊に見えないということだろう。しかもそれは、外国に向けたものではなく、北朝鮮の国民を統制する手段としてのアピールなのかもしれない」と語る。

北朝鮮は最近、国際社会による制裁、相次ぐ災害、新型コロナウイルスの防疫措置としての国境封鎖という「三重苦」にあえいでいる。しかも、昨年12月の最高人民会議(国会)常任委員会総会で、反動思想文化排撃法を採択した。欧米や韓国のドラマや映画などの情報が流入し、青年層を中心に金正恩体制への忠誠心が揺らいでいるからだ。北朝鮮は今年1月に党大会、4月に党組織末端の党細胞書記大会と社会主義愛国青年同盟大会、6月に朝鮮社会主義女性同盟大会など、社会統制の起点となる様々な組織を対象にした思想統制の作業を繰り広げてきた。「建国73周年」という中途半端な時期に、わざわざ労農赤衛軍のパレードを行ったのは、全国各地の企業所や団体、地域ごとに設けられた民間防衛組織を通じ、市民に緊張を呼びかける意図があったからだろう。

若い「兵士」らによる整然とした行進、トラクターが牽引する多連装ロケット砲、消防車などは「金正恩政権は揺らいでいない。無駄に反抗する気を起こすな」という北朝鮮市民への暗黙の脅しだ。ジャーマン・シェパードを見た北朝鮮市民は「敵の侵入を防ぐたのもしい味方」というよりも、「収容所を逃れたり、脱北しようとしたりする自分たちに襲いかかる恐ろしい相手」と考えただろう。もっとも、電力不足の北朝鮮で、地方に住む人々がどれだけ、朝鮮中央テレビを視聴できたかは定かではない。

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文=牧野愛博

北朝鮮金正恩
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