もう1つの変曲点は、「規制の変曲点」です。
例えば、米国のPlaidという企業は、各種金融機関と連携し、スムーズな取引や個人情報のやり取りをアプリで実現するプラットフォームを提供していますが、このサービスは2010年7月に成立したドッド・フランク法(ウォール街改革および消費者保護法)により可能になりました。
同法律は、2008年のような金融危機を回避することを目的として、一連の金融改革をもたらしました。
その1033条では、銀行などの金融機関は「消費者の要求に応じて……特定もしくは一連の取引、またはアカウントに関する全ての情報を提供しなければならない」と規定されていると同時に、消費者はそれらの情報を「コンピューターのアプリケーションなどで使用可能なデジタル形式」で入手する権利があると定められています(注:非公式訳)。
一見、ささいな変更ですが、これをきっかけに金融サービス業界は一変しました。伝統的な金融機関がこれまで管理していたデータにアクセスできるようになったおかげで、まるでカンブリア爆発のように数多のフィンテックアプリが誕生したのです。
SmartHRも「規制の変曲点」から恩恵を受けた企業の1つです。2008年より、行政の「e-Govポータルサイト」を介して社会保険や労働保険関連の申請手続きをオンラインで行えるようになりました。
その後、2010年には複数の手続きをまとめて申請できるようになり、より一層使いやすくなりました。
さらに2014年10月には、ユーザーの利便性のさらなる向上を狙って外部連携APIの仕様が公表されています。
この流れを経て、2015年11月にSmartHRは立ち上げられました。
また、「常識の変曲点」というのもあります。他の変曲点と比べるとやや抽象的ですが、影響力は大きいです。
例えば、コロナ禍の前は、これほどまでに多くの業務をリモートへ移行できるとは、ほとんどの人が想像していなかったと思います。それが今では、ヘルスケアのようにデジタル化を頑なに拒んできた業界でさえも、変革が起こりつつあります。
こうした変化は、かなり長期的な影響を社会にもたらす可能性があり、新しいパラダイムや機会につながります。
このように過去の例を見る限り、市場に参入するのが誰よりも早かった、もしくは遅かったなどよりも、変曲点にどれくらい近いタイミングで事業を展開できたかのほうが重要であることがわかります。
将来を的確に予想できる「未来学者」は、同時に過去の考察に優れている「歴史学者」でもあるといいます。
起業家も、同タイプのビジネスの失敗例を十分に研究し、なぜ失敗したのか考察した上で、その当時から何が変わったのか、何が変わりつつあるのかについて考えることが大切です。
優秀なチームが、優れたアイデアに取り組み、そしてベストなタイミングを掴み取ることで、歴史に残る企業は誕生するのですから。
P.S. 変曲点に関する独自の視点や見解などがありましたら、ぜひ教えてください。メールもしくはTwitterで、皆さまからのメッセージをお待ちしております。
連載:VCのインサイト
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