では、ナラティブはストーリーとどのように違うのか。企業はどのようにナラティブを経営に取り入れたら良いのか。『ナラティブカンパニー―企業を変革する「物語」の力』の著者である本田哲也氏に話を聞いた。
──「ナラティブ」という言葉は、いつ頃から使われ始めたのでしょうか。
いわゆる、医療分野における「ナラティブ・アプローチ」が提唱され始めたのは、1990年代です。「ナラティブ」という言葉は、主に医療や教育の分野で使われていました。医師や教師ではなく、患者や生徒を主役と捉え、語ってもらいながら課題を解決していくアプローチを指します。その業界ではよく知られた概念でしたが、ビジネス界、こと日本においては、認知度はまだまだ高くありません。GAFAの日本法人など、局地的に知られている言葉なのです。
そのため、本を書くにあたり、「ナラティブ」をどう定義づけるかは大きなテーマでした。辞書でひくと、「物語」や「語り口」などと訳されています。すると次の瞬間、「ではストーリーとは何が違うの?」となってしまう。そこで、少し堅い表現にはなりますが、「物語的な共創構造」と定義づけました。ストーリーとの違いは、次の3つです。
1. 演者の違い
ストーリーでは、演者である企業と聴衆である生活者が区分されるのに対し、ナラティブでは、生活者を含むステークホルダーも演者として物語に参画し、主役が企業から生活者に転移する。
2. 時間軸の違い
ストーリーは、「始まり」と「終わり」がある起承転結型であるのに対し、ナラティブは現在進行形で続いている。終わりはなく、未来をも包括する。
3. 舞台の違い
ストーリーは、企業が属する業界や市場を舞台としているのに対し、ナラティブの舞台は、社会。世の中の集合的な価値や考えを体現する。
──今、ビジネスにおいてナラティブが注目されているのはなぜですか。
まず、インターネットやSNSの普及により、企業やブランドと消費者が対等な関係になりました。そのため、消費者は一方的に価値観を押し付けられることに違和感を感じています。「この人と一緒にいると何かおもしろいことが起こりそう」という感覚が、企業にも求められているのでしょう。つまり、価値観を共有して「こんな世界をつくろう」という輪の中に入れられるかどうかがポイントです。
例えば、アウトドアブランドであるパタゴニアは、2018年にトランプ元大統領が「ある国指定保護地域の範囲を大幅に縮小する」と発表した際に、大統領を訴えるという行動に出ました。これは企業理念である「我々の故郷である地球を救うためにビジネスを営む」の実践であり、ステークホルダーから多くの共感を得て、結果としてブランドの価値を向上させています。
今の時代は、ひとりひとりが違う物語をもっており、その上に社会が成り立っていますから、消費者や生活者の物語に転換しなければいけません。共に紡いでいくというスタイルが現代的なのだと思います。