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2021.07.01 18:00

ゴミの始末までできてこそ料理人。「草喰なかひがし」店主の哲学


今の時代、皆が皆、このように畑で野菜が育つのを見て、食べられるわけではない。木が芽吹き、花が咲くことすら見られずにいる都会の生活者も多い。

「そんな時代だからこそ、アンテナを高くし、自分で季節を感じとり、自分の食べているものがどこでどのように作られているのかを知ろうとしてほしい。まずはそこからです」と、中東さんは意識の持ちようがいかに大切であるかを教えてくれる。

毎週土曜の午後には、同志社大学が主催している「有機農業塾」に長年参加している。厳しい環境を潜り抜けて育ったものが野菜本来の味や甘み、香りを備えることも、有機肥料であっても与えすぎは、野菜を甘やかしてしまうこともそこで学んだそうだ。



「今年の大原はマイナス8℃くらいまで行きましたから、野菜がうんとよくなるでしょう」と顔をほころばせる。そうした中東さんの活動もあってか、大原に入植して農業を始める若い人は年を追うごとに増えているという。身近な手本となり、味の指針となる野菜を知る人がいるということは、どんなにか励まされることであろう。

ゴミの始末までできてこそ、料理人


一方、温暖化や乱獲から海も危機的な状況を迎えているが、魚介についてはどう考えているのだろうか。

「養殖の鯛ですといったら、お客さんはがっかりする、天然の鯛ですといえば、それだけで美味しく感じる、それもまた事実です。でも、天の天だけの魚を使うわけにはいかないし、天の天を取りつくしてしまったら、それこそ、天然の魚は食べられなくなってしまう。どこで妥協するかという潔い見極めも大切です。ましてや、マグロなら腹カミのように一番美味しいところだけを食べて、ほかしてしまうなどというのは、もってのほか。料理人なら、一尾全体を食べつくすことを考えなければだめ。ゴミの始末までできてこそ、料理人といえるんです」



中東さんの知り合いには、北海道で、産卵後に精魂尽き果てて脂の抜けた鮭をスモークして、かつお節ならぬ、鮭節を作っている人がいるそうだ。野菜と一緒に炊くとおいしいので取り寄せているという。

「そういう知恵こそが大切なんです。知識と知恵は違います。いくら知識をつめこんでも知恵として使えなければ、意味がない。知恵というのは、一度、消化して吐き出したものを言うんですね。先人の知恵を貧乏くさいなどと思わずに、今だからこそ目を向ける必要があるでしょう」と、すべての料理人へエールを送る。

「子どもの頃、山の中で、へびがかえるを飲みこもうとした瞬間に出くわしたことがありました。かえるはへびの前で目をつぶってじっと観念している。逃げればいいのに逃げない。ついに、がぶりと。その途端、自分の中で少年としての正義が頭をもたげ、棒で蛇を叩いて、カエルを吐き出させたんです。そのときには、カエルはすでに息絶えていて、へびも死んでしまった。自分のやったことはなんだったんだろうと深く考えましたね。幼いながらに、自然の摂理には逆らえないということを学んだのです」

台風で河川が氾濫したといっても、人間が川の流れを変えたり、宅地造成したようなところが主に被害にあっている。科学の力や技術で自然をねじふせたと思っても、決して自然には勝てない、叶わない。温暖化にしても、乱獲にしても、すべてが産業革命以降の、大量消費社会がもたらしたものであることを、一人一人が肝に銘じることが何より大切だという。

コロナ禍の今は、見方を変えれば、自然との向き合い方について考える時間を与えられたチャンスだ。食を通して自然を身体の中に取り入れれば、きっと何かが感じられるはず。一人一人の小さな気づきや意識の流れが大きなうねりになることを、中東さんは信じてやまない。

連載:シェフが繋ぐ食の未来
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文=小松宏子

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